山の食事12カ月 モンブランの謎解明編
前回秋の味覚の話をしていたつもりがいつの間にか謎解きのようになってしまったが、深まった疑惑は解かないわけにはいかない。モンブランの謎を追跡調査した結果をここに報告しよう。
「モンブラン」というケーキが、フランスの誇り、白く高き峰の「Mont Blanc」を連想して現地で考案されたことは紛れもない事実である。下地にビスケットかパイを使い、カスタードクリームと生クリームで山型に芯を作り、おソバのように細く絞り出したマロンペーストをグルグルッと巻き付ける。このマロンペーストの茶の色や凸凹で、アルプスのギザギザの岩肌を表現したそうだ。そこにたっぷりのパウダーシュガーで雪を降らし、あのたおやかで真っ白なモンブランを彷彿させる形とした。やはり元祖モンブランは白いケーキだったのだ!
ところが、この大雪は我々にとっていささか甘過ぎた。そこで、日本に入ってきてから、本来の名前を越えて趣きを変えることになる。マロンペーストに卵の黄身を加えた白あんであっさり仕上げ、栗の甘露煮を頂上に乗せて和の心を加えた。大雪も控えめに初冠雪を降らせる程度になっていったようである。
ところで、私の大好きな「トロアシャンドリエ」というお店のモンブランは、なぜあんなふうに変わっているのだろう。マロンペーストを布のようにして芯を包み、頂上にはちょこんと生クリームの白い雪が乗っているだけだ。「ひも状だと水分が蒸発しやすく、パサパサになってしまうのでこうしました。形は変わっても、モンブランを名乗る時の原則であるラム酒とマロンクリームはきっちり使っています。でもモンブランというより、日本の裏山みたいになっちゃいました」と、シェフの若松公男氏は笑って話してくれた。
なるほど同じモンブランでも、我々がスキーで登ったフランス側は、傾斜の緩い(といってもスキー場の上級者コースよりもずっと急ではあるが)雪の斜面が続く、よく知られるモンブランの景色だが、反対のイタリア側は、何百メートルもの高さで佇立する垂直の岩壁となっている。二つの顔を持つ山なのだから、雪が少なく岩肌が見えてもおかしくない。形は変わっても、それぞれのおいしさに変わりはないし。つまり私の疑問は、もともと難癖に過ぎなかったようだ。
ということで、今夜はこのへんで筆を置き、紅茶を飲みながらおいしい「裏山モンブラン」をいただくことにしようか。
(日本山岳ガイド連盟公認ガイド 石井明彦)