海藻食は日本人の知恵、多くの種類を食べるのがポイント
「奈良の都」の平城京跡地から出てきた木簡の記録を見ると、海藻類は調(税の一種)として納められていたことが分かる。平安時代の朝廷の食事の決まりを記した「延喜式」にも海藻の記述がある。「遠江・伊勢・志摩などの東海地方からだけでも海苔・みる・青海苔・わかめ・あらめ・布海苔・てんぐさ類などが都に入ってきた」という内容だ。どうして当時の権力者、つまり貴族や寺院は、たくさんの国からいろいろな海藻を集めたのか。三重県鳥羽市の『海の博物館』学芸員・平賀大蔵氏にじっくり解き明かしていただこう。
海藻に関する文献を追っていくと、江戸時代の『本朝食鑑』が面白いですね。海藻類の身体への薬用効果が登場していて、例えば、「ひじきは血を良くする。あらめは婦人の諸々の病い・便秘・できもの・腫瘍を治す。わかめは水酔いした酒毒を解す、つまり二日酔いの解消によく効く。ところてんは熱を冷ます、痰を止める、酒の毒解消にいい。ほんだわらの根も水酔い・熱冷まし・できもの・血管の病いにいい」と書かれています。「海藻は二日酔いを治すのにいい」という記述がたくさん出てきますが、当時の酒は非常に頭に残る悪酔いする酒だったようで、その解消に海藻が役に立つことがかなり認められていたようです。
海藻を常食すると様々な生理活性効果がある。逆にいうと、これが不足するといろいろと健康上の問題が出てくる。江戸時代に至ってはっきり書かれる前の時代の人も、科学的分析はなくとも、きっと経験則的にそれが分かっていたのではないでしょうか。しかし問題はそれはなぜか、です。
二つのヒントがあると思います。一つめは、日本人は世界に冠たる良質の食事をしているのにカルシウムについては摂取量が少なく、そのため骨粗鬆症になりやすいようです。二つめは、ヨーロッパに旅行する時、日本人は水に注意しないと身体をこわします。これはどうしてでしょうか。
水の件は、ヨーロッパの水にはカルシウムなどのミネラル分が豊富に含まれているが、日本の水はそうではありません。日本列島は火山でできた国土だから日本の水には、カルシウムなどのミネラル分が少ないんです。水の性質はそこで作られた農作物にもそのまま影響してきます。つまり日本で作られた食材からは、その他の国々に比べてミネラル分の摂取が期待できない。それを補うには何か他のものに積極的に頼らなくてはならないわけで、古代人はおそらく海藻にそれを求めたのではないか、と私は考えています。
人間の体液は海の水とほとんど成分が一緒で、カルシウム・マグネシウム・鉄などのミネラル分の比率がよく似ています。海の中に生育する海藻は身体のミネラルバランスを整えるのに大変有効なのです。
どういう成分がどの海藻に含まれているかは資料(表参照)を見て下さい。けれどこれを十分に暗記しなくても、一種類ではなく、いろんな種類の海藻を日常的にとる習慣ができていれば大丈夫です。それがこの火山からできた島国で日本人が生きる知恵、太古から伝わった方法なんだ、と私は思います。
日本人と海藻のかかわりを超ロングスパンの視点から見たあとは、近年の研究最前線から「がん治療と海藻成分の関係」を北里大学名誉教授・(財)北里環境科学センター理事長・山本一郎氏に聞いた。
山本氏ががんの治癒のための素材として海藻に注目したのは中国・上海で出版された専門書からだ。
「『腫瘍的予防和治療』、つまりがんの予防と治療についての書籍の冒頭に昆布(日本のくろめ)・海帯(日本の昆布)・海藻(ほんだわら)・べっこう(スッポンの甲羅)・ぼれい(牡蛎の殻)の五品が明記されていました。すべて水の中の生物ですが、そのうちの三つが海藻類であったことに俄然興味を持ちました」。
山本氏は海苔・各種昆布などの海藻の乾燥粉末をそれぞれ二%ずつ含むエサを別々のラットに与え、全く普通のエサを与えたラットと比較実験を行った。実験開始から二七日目にすべてのラットに発がん物質を投与、一五二日目にエサを普通のものに変え、二一一日目に解剖したところ、発がん率は普通のエサを与えたグループでは六七%だったのに対し、甘海苔・ほそめ昆布では三五%、利尻昆布では五〇%に抑制された。
発がん物質の投与だけでではなく、移植によるがん、自然発生がんの動物実験でもがん細胞の抑制の好結果が出た。
「海藻類はカロチン・ビタミン・ミネラルが豊富なので抗酸化作用が強い。つまり体内の活性酸素による様々な悪循環を抑える働きがあります。がんの発生はタバコ・紫外線・ウイルスなどその大もととなるイニシエーターといわれる物質と、プロモーターといわれる促進因子の両方が作用して起こることが知られていますが、海藻類は特に後者のプロモーターの働きを阻害する要素が強いようです」。
難消化性多糖の食物繊維が多いことから動脈硬化抑制も期待でき、がんのみならず心臓病・脳卒中の予防にも大いに効果があるという。「それぞれの海藻は各種ミネラルの比率に特徴があります。だから上手な利用法は一つの海藻に偏らず、いろいろな種類の海藻を食べること。動物実験の結果から類推すると人間の場合、一日に必要なエネルギーの二%、八グラムの海藻を食べる計算となる。煎じ薬の場合は、前記の中国の本によると、一一~一九グラムの計算。これだけとれば、がん他の生活習慣病ブロックに効果的です」。
研究最前線でも、くしくも一三〇〇年の文献研究と同じ結論が出された。