龍の年に捧げる秘話・新漢方薬開発ものがたり

2000.01.10 52号 16面

今年は中国を表す「龍」の年だ。昨年、建国五〇周年を迎えた中華人民共和国では、国家が創立された時代やその創成者たちの物語が見直されている。健康・医療の分野でも、故毛沢東主席や故周恩来首相をめぐる漢方の新薬開発ストーリーがある。

一九七○年代後半に、北京を中心に上演された芝居に『丹心譜』という新薬開発を題材にした五幕新劇がある。これは、六○年代後半から七○年代初めにかけて実際にあった話を戯曲化したもの。

この頃の中国は、文化大革命の嵐の中にあり、社会的なストレスから狭心症や脳卒中などの病気が多発した。高齢期にさしかかった中国建国の英雄たちもその影響を免れることはできなかった。特に、当時毛沢東主席がひどい気管支炎と心臓病を患っていたことは、国家的な重大問題であった。周恩来首相は、この事態を重くみて、全国の医療機関に脳心血管病の特効薬の開発を呼びかけた。

これにより北京・上海・成都・広東で大規模な医療チームが組織され、中国全土を舞台にした漢方新薬開発競争が繰り広げられることとなった。どのチームも威信をかけて、このプロジェクトに取り組んだ。そのうち北京チームでは、中国中医研究院付属西苑医院が中心となった。処方研究面では、中医師(中国の漢方医)である故郭士魁医師が、薬理研究面では李連達教授が大活躍した。

郭医師は幼い頃から中医学を勉強し、中医の臨床にかかわる前にも薬局の見習店員の経験があったため、生薬のことを誰よりも熟知していたという。その経験と知識を最大限に活用して、漢の時代から続いた学説を打ち破る新しい治療法を確立、多くの研究者の協力を得て「冠心2号方」という薬を作り出した。

この薬が結局、競争の頂点に立つことになる。

丹とは赤を意味し、丹心とは「赤誠の心」、「忠誠心」に相当する言葉である。薬の開発の中心メンバーである主人公(郭士魁医師がモデルといわれている)が文化大革命推進派である「四人組」の迫害に耐えながら、周恩来首相への丹心(忠誠心)を貫き、ついに開発に成功するというのが、この劇のあらすじである。

冠心2号方には、川 ・丹参・赤芍・紅花・降香の五種類の生薬が配合された。コレステロールや中性脂肪などの増加から血液がドロドロに汚れ、滞った状態を中国医学では「 血」というが、五つの生薬にはこれらを改善し血流を良くする効果がある。だから冠心2号方は、「 血」が心臓の血管を詰まらせることから起こる狭心症や心筋梗塞の特効薬となった。

一方で、動脈硬化によって脳動脈が詰まる脳梗塞や、血栓が脳に流れて脳動脈を詰まらせる脳塞栓にも治療効果を上げたが、これは、それらの病気が別々のもののように見えても根本原因が同じであるからだ。

中国医学では、こうした異なる病気を同じ治療法で治すことを「異病同治」という。冠心2号方はその後、中国医学の雑誌を通して日本の医師や薬剤師にも知られることとなり、盛んに研究された。そして、その改良型である『冠元顆粒』が一〇年の歳月を経て、九一年、海を渡って日本にやってくることになる。

日本向けの開発に当たっては四川省の華西医科大学が、さらに工夫に工夫を重ねた。その結果、成分的には降香がはずれ、代わりに精神的ストレスにも効く木香と香附子が加わった。形態も手軽な顆粒状になったため、『冠元顆粒』と命名された。狭心症や心筋梗塞を「未病」の状態でストップさせるべく、その前段の高脂血症や動脈硬化、高血圧に悩む人に最適な漢方薬となった。

中国における国を挙げての研究成果が日本で花開いた、珍しい話だ。

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