極寒の民の「命の根」シベリア人参
最近「シベリア人参」と呼ばれる植物が注目されている。これは中国や北海道でも一部生育しているが、主な産地はシベリアのアムール河流域で、現地の先住民に古くから珍重されてきた。理由は、当地がマイナス四〇度以下になる極寒の地であり、その過酷な自然環境でも生育する力をこの植物が有しているためだ。それは何より、現代人のストレス対策に卓効を示すという。
シベリア原生林が広がる現地ではこの植物をエレウテロコックと呼ぶ。その根を最初に用いたのは、オロチョン族など現地の先住民族とされる。オロチョンとは「トナカイを飼うもの」を意味する言葉で、古くからトナカイとともに半牧半猟の暮らしをしている民族だ。肉を主食とし、住居は円錐系のテント。夏の間は各家族が散在して生活し、極限の自然環境となる冬を迎えると一定地に集落を形成する。信じがたいことだが、極寒の夜、彼らは焚き火もなしに野宿することもあったという。その野営の前には秘かにエレウテロコックの根を噛んで寝た。
人間が動物以上に寒さに耐えられる能力があるということは、人類史上からも考えられないことであるが、一九三〇年代に書かれた有名な紀行文『デルスウ・ウザーラ』にも、事実それら先住民族一派の厳冬期野宿の記述がある。
彼らの財産であるトナカイは角に強壮効果を有しており、これは貴重品として交易に用いられていた。角を切る時期はエレウテロコックの若菜の芽生える時期が一番いいとされてきた。トナカイの体力回復のためだ。これを食べたトナカイは角を切られた後も命をつなげられるが、そうでないものは冬を越えられずに死んでしまうという。
彼ら北方ツングース系民族の居住地域はエレウテロコックの自生分布に密接に重なっている。極寒の野宿。トナカイの生死の境。究極の現象は「たまたま先住民族が利用した」のではなく、「自然の魔法の恵み、その力を彼らが発見し生活を形成していった」ことを推測させる。実際、エレウテロコックはある時期まで彼らだけの秘密の秘薬だったのだ。
一部の民族だけのものだったエレウテロコックの有効性が科学のメスで解明されたのは一九六〇年代、ブレフマン博士らソビエト科学アカデミーの学者たちによってであった。
この研究で特に注目されたのは、エレウテロコックがストレスに対する抵抗力を高める作用を持つということだった。それでソ連では、ストレスの多い過酷な条件の下で働く人たち(潜水夫、鉱夫、溶鉱炉の労働者等)や、作業能率を維持しなくてはならないキーパンチャー等にエレウテロコックを使わせるようになった。
折しも時代は米ソ競争しての宇宙開発、華やかかりし時だ。異なった環境に素早く適応しなくてはならず、そのため大変なストレスがのしかかる職業の最たるものとして宇宙飛行士が登場した。エレウテロコックは彼らが宇宙に持っていく基準食品の一つにもなった。また、ソ連は当時、オリンピックでも数々の好成績を上げ注目を浴びていたが、そのオリンピック選手のトレーニングにもこれが使われた。やがて「ソ連で宇宙飛行士やオリンピック選手が偉大な好成績を残すのは、エレウテロコックを活用しているおかげだ。それは朝鮮人参などと同じウコギ科の植物、シベリア人参だ」というニュースが世界中で評判になった。
研究の中でブレフマン博士は、エレウテロコックに「アダプトゲン(環境適応源)」という言葉を与えた。これはいまでは一般的に使われているが、もともとはエレウテロコックのために作られた新語である。
一九七〇年代になると、ドイツでもエレウテロコックの研究がフランクフルト大学のワッカー教授を中心とするグループによって行われ、次第に欧米各国に研究の輪が広がっていった。その後中国、日本もこれに注目するようになり、そのメカニズムが次々に解明されている。
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古い時代や過酷な自然環境では適応させなくてはならないのは身体であったが、現代ではそれは精神の分野に移ってきている。複雑な人間関係、猛烈なスピードで変わっていく社会状況、それらは私たちの精神に大きな影響を与えている。
では、ストレスは私たちにどのように影響するのだろうか。生体には本来「自然治癒力」が備わっている。そして「自然治癒力」は、神経・ホルモン・免疫の三つをバランスさせようとする力(恒常性、ホメオスタシス)であるといわれている。ストレスはこの三つ、中でも免疫力を低下させる。自然治癒力は低下した免疫を回復させ、バランスをとろうとするが、限界を越えて疲れきると発病する。ストレスが原因となる病気には、うつ病、神経症、不眠症などの心の病気の他、胃・十二指腸潰瘍、高血圧、糖尿病、がん等があげられる。
シベリア人参がどのようにしてストレスに対する抵抗力を高めるのかをみると、
(1)神経・ホルモン・免疫の三つを司る脳の部分(視床下部)に直接働きかけ、バランスの維持を助ける。
(2)免疫の働きを高めるNK細胞やリンパ球の働きを活発にする。
(3)ストレスによって誘発され、成人病の直接原因であるといわれる活性酸素を抑える。
‐‐といったメカニズムがすでに解明されている。
かつてシベリア原住民の秘薬であった「エレウテロコック」はいまやこうして「シベリア人参」として、ストレスやプレッシャーにあえぐ現代人の癒しに大きな役割を果たすようになっている。