元気インタビュー 栄養改善普及会会長・近藤とし子さん 林芙美子さんに励まされて

1996.03.10 6号 16面

「年齢はナナガケでいきましょう。私は八四歳だからナナガケで五九歳。もう年ですから…なんて言っていないで」と語る近藤とし子さん。毎朝5時に起きて本や新聞を読むのが習慣という。「原稿を頼まれている時も朝のうちに書きます。締切りに遅れたことは一度もないですよ。いつまで生きているかわからないですからね」と笑う。男性中心の社会のなかで女性が社会進出する第一歩を切り開きながら歩んできた。その苦労は全く見せない。背筋が伸びキリッとした眼差しは厳しいが、インタビューが進むにつれ頼もしい優しさが溢れるように伝わってくる。今、まさに「バリバリ現役」の女性だ。

初めて私にオムレツを食べさせてくれた伯父に「西洋料理って生きているね」と言って笑わせたことがあるんです。上がこう、ちょっと固まって、ハシを入れるとダラッと半熟のタマゴが出てくる。湯気が立って、おいしそうな匂いのする食べ物にビックリしてしまってね。それまでは仕出し屋さんに頼む料理では刺身や酢の物ばかりでしたから湯気も匂いもないでしょう。なんておいしいんだろうと感激してしまって。それからは学校から帰ると橋を渡って、一キロメートルはあったと思いますが毎日その西洋料理屋さんの台所を見に通ったんです。のれんの下からのぞいていると、高下駄をはいてスッと立つ料理人がフライパンの柄をポンッとたたいてひっくり返するのを見るのが楽しくて……。家庭の台所はしゃがんでしか使えないから、何でもが珍しくてね。オムレツへの思いは強くて大人になつたらヘソがよじれるほど食べてやろうと思っていました。

大学受験をひかえた夏休み、図書館で勉強していたのですが、「台所改善感想文募集」というのが掲示されていたんです。それを見た時、子供の頃、見に通った西洋料理屋さんの台所が頭にスッとよみがえってきたんです。しゃがまないで使えるあの台所を書いてみようと思うと、受験勉強そっちのけで取組みました。まずどの高さにすれば疲れず汚れないかを熟考。何回も自分で立って計って勝手な方法で設計図を書いて提出しました。それが一等賞をいただいたんです。家庭科の先生も同じのに応募していて先生は三等賞だったんです。気まずかったですよ。私は家庭科のなかでも裁縫が苦手でその時間は嫌だから足を放りだしてみなさんがやっているのを見ながらも本ばかり読んでいる生徒でしたから。

小さい時の経験は人生のどこかで実を結ぶ。「今の自分」は小さい頃からずっとつながっていたんだと、本当にそう思います。

人前で何かをする自信がなくて悩んだ時期がありました。小さい頃から身体も弱く気も小さかったから。でもひょんなことで出合った作家の林芙美子さんに言われたんです。「人のマネをしたり、人より上手にやろうと思うから自信をなくす。あなたはあなたの料理を自分で工夫して創作しなさい」と。それから私は恥をかいてもいい、自分流でやろうと決心して始めたのです。何でもやってみてこそ始まり、今につながるのだと思いますよ。

食育というのは最も大切なことです。現在杉並の2カ所の幼稚園でトマトやきゅうりを栽培しています。きっかけはある子どもがプチトマトを口に入れたらすっぱくて嫌いになってしまったことから、その子を中心に畑を作ってみました。自分で作った物だから嬉しくて、できるそばから食べてしまうんです。「お母さんの買ってくるきゅうりはツルツルしているのに僕たちが作ったのにはツノがある。食べ比べてみようよ」って子どもたちから言うんです。「ツノのある方がおいしい」って、ちゃんとわかるんですね。

小さい時に何かを作ったという経験は不思議と思い出に残るようです。現在も聞いてみるとケーキを作ったと答える子どもが多いです。自分が作った物を食べたという経験はとても楽しい想い出になるんですね。

料理は朝ごはんだけ自分で作ります。野菜がお椀からはみ出るくらいのみそ汁を食べますから一〇〇gくらいの野菜は朝に摂っちゃうんです。昼食は外食です。夜に食べたいなと思うモノがあれば昼に食べています。あとは嫁さんの作ってくれたものを若い孫たちと一緒に食べています。

よく嫁・姑の問題で「うちの嫁の作る料理には味がない」なんて言うでしょう。でも自分の舌が老化していって味が分からなくなっていることが多いんです。だから年をとったら人の言うこともよく聞くように、自分のことばかり話さないようにと説教してしまいます。私も仕事のことではガンコだけれど気持ちの面では人の気持ちを考えるように努めていますよ。

運動はこれといってはしていませんが、毎日の通勤でバス二〇分、電車三〇分、乗ります。バスは一つ先の駅でわざと降ります。仕事場には絶対行かなければならないから、そうすれば歩くしかないでしょう。あまり考えずそれだけです。

自分では、神経質だが逆境には強いと思います。うまく行かない時はまだ他に道があるのではないか、見落としている道があるのではないかと考えるんです。

よく「きょうは仏滅だからやめておこう」と言う人がいるけれど、私は一度仏滅になってみましょうよと言うタイプです。割と楽天的なの。悩んでいてもしょうがない。なんとかなる、と明るい気持ちで何事にも取組んでいますよ。

大正2年、福井県生まれ。津田英学塾(現津田塾大学)中退。佐伯栄養学校卒業後、東京市衛生試験所助手を経て日本初の工場給食栄養士になる。厚生省公衆衛生栄養課技管を経て社団法人栄養改善普及会会長を勤める。現在も「食品ゼミナールと講演」「高校生による食生活改善研究活動」など全国各地で活躍中。

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