粗食は間違い、肉・油脂の積極摂取を 東京都老人総合研究所・熊谷修氏
高齢化社会を迎え、高齢者向けの食事が各所で研究されている。一般に健康を保つには粗食が良いという認識があるが、東京都老人総合研究所の熊谷修氏は、長年の検証結果から、そうではないと提唱する。戦後の半世紀で、著しく延びた日本人の寿命の背景には、肉や油脂などを十分に摂取する生活が定着したことが関係しているという。
(日本スーパーマーケット協会・流通セミナー「シルバー世代と食」から)
◆生き残った人が高齢者になれる
コレステロールの高さは、心臓病の発症を強く促すので、コレステロールを低くすることが心臓病の予防につながる。しかし年代別に見ると、七〇歳代にとってコレステロールを減らすことは、四〇歳代ほど心臓病のリスク軽減効果は上がらない。これはなぜか。
高齢者は生活習慣病など、過去の様々な健康を害するリスクを、うまく克服して生き残った人たちだということ。高齢者の食事を考える場合、これを前提として認識しているかどうかで、まったく異なった結論になる。
高齢者にとってのリスク要因はコレステロールの量ではない。老化という普遍的な身体の変化だ。つまり老化の進行を遅らせることが、余命を延ばすことにつながる。老化を遅らせる食事とはどんなものかを考える必要がある。
脂分が少なく、コレステロールの低い粗食が良いというイメージがあるが、それらは若い頃の生活習慣病の予防に効果があっても、高齢者の余命を延ばす効果はない。簡単にいえば、人間は歳を取ると乾いて縮み、痩せてくる。高齢者はむしろ栄養状態を良くすることで老化の進行が遅くなる。これは様々な検証から分かったことだ。
日本人の平均寿命が四〇歳を超えたのは一九〇〇年。五〇歳を超えたのが第二次大戦後の一九四七年。半世紀で約一〇歳しか延びていない。しかし二〇〇〇年には八〇歳を超えた。戦後急激に寿命が延びたわけで、その背景には食生活の変化がある。
◆お酒を飲む人の方が長生き
最近は粗食回帰といわれる。昔の食事は魚中心で健康的というイメージがある。しかし実際は、大正や昭和初期には魚もあまり食べられていなかった。極めて栄養状態の悪い食事で、動物性タンパク質は三日に一度ぐらいしか摂取していない。こういう食生活をしていると短命になる。戦後、日本人の平均寿命伸長に寄与したのは脳卒中の減少だ。それは肉、卵、牛乳など、魚以外の良質な動物性タンパク質の摂取が増えたからだ。
以前全員七〇歳の高齢者を一〇年間追跡調査した。牛乳を飲む習慣のある人は、ない人より生存率が高い結果が出た。天ぷらや炒め物など油脂をしっかり摂取する高齢者も、摂取しない人より生存率が高い。
飲酒の習慣にも着目すると、生存率が高いのが日常的にお酒を飲む人、次がもともと飲まない人、最も低いのが、飲んでいたが途中で止めた人。止めた途端に生存率が落ちることが分かった。お酒と上手につきあってきた人が最も長生きしている。この結果から「年なんだからお酒を止めたら」と、安易に言っては絶対にいけない。
飲み過ぎで身体を壊した人は、高齢者になる前に亡くなっているか、もっと早い時期にお酒を止めざるを得ない状態になっているはず。食を促す手段として、アルコール飲料を上手に飲むことは科学的にも理がある。毎日一合のお酒を飲んでる高齢者に、それを止めさせる科学的な根拠は全くない。
秋田県で一〇〇〇人の高齢者を対象に、自治体と協力して大規模な介入研究をしたことがある。何もしなければ加齢とともに肉の摂取は減っていくが、介入によって肉を食べる習慣が、地域の中でしっかり盛り上がってきた。この場合、肉は身体に良くないという誤った認識があるので、それを取り除いてやることが必要。肉を食べることの大切さをきちんと説明すれば、高齢者にも肉を食べる習慣は根づく。
◆心の健康も重要
肉を食べることを推し進めると、動脈硬化を心配するかもしれない。動脈硬化はコレステロールの量ではなく、コレステロールの構成が悪くなることで進行する。構成は加齢とともに自然に悪くなる。しかし肉を食べ、活動的な生活を送ることで、構成が改善されることが、検証からも分かっている。
欧米の研究では、コレステロールが高い人ほどウツの傾向が改善される結果も出ている。日本人ほどコレステロールに関心の高い国民も珍しいが、コレステロールは悪だという誤った認識を持っている。
コレステロールを減らすことは、確かに心臓病を予防し、死亡率全体を下げることには寄与する。しかしがんが増え、ウツによる自殺願望が増えるなど疾患以外の死亡率が上がるというデータもある。活動的な生活から疎遠になると、注意散漫になり事故死が増えるというデータもある。
人の究極的な健康指標は、余命の量と質だ。余命が増えても寝たきりでは健康とはいえない。しっかり肉を食べ、油脂も採ることが老化の進行を遅らせるが、同時に余暇活動を推進することで相乗効果が出る。高齢者にとっては引きこもりやウツなども深刻な問題。地域社会との接点を持ち続けることが、心の健康につながる。