だから素敵! あの人のヘルシートーク:歌手・アクネス・チャンさん
本業の歌手・タレント活動のほか大学教授・日本ユニセフ協会大使など、ジャンルを越えた幅広いフィールドで活躍しているアグネス・チャンさんは、家庭においては元気のいい3人の男の子のお母さん。小さい頃、香港で母から学んだ先祖代々の教えそのまま、食を通じて家族の健康を守る方法を実践している。私たちにも学ぶべきところが多い、その方法のエッセンスを紹介したい。
一七歳までいた香港の実家では、私は六人姉妹の四番目。八人の大家族、犬や猫も、頼ってくる親戚もいたので、母は食事の支度が本当に大変でした。その頃は豊かな香港ではないからみんなをお腹いっぱい食べさせるだけでも、ひと苦労。香港では「家族の健康を守るのは母親」というのがあって。病気になってもすぐ病院へ行ける状態ではないので、母はできるだけ私たちの食事に注意して、あまり病院に行かずに暮らせるようにしていました。
中国人は食べ物が天と同じくらい大切といいます。あなたはあなたが食べた物、毎日食べることで自分で作っていく、と。いままで食べた物を全部足したら、いまのあなたがある。逆にあなたを見れば何を食べてきたか分かる。食べ物は身体作りもそうですが、性格にも、毎日生きていく意欲にも、人間関係にも影響してくるそうです。母はいつもみんなが何を食べたか把握したいから、「家で少なくとも二食は食べてね」と言ってました。「その人に適した物を食べればその子はいい子になる。夫も他の女の人の所に走らない。胃袋をコントロールしなさい。そうすれば大丈夫」だと。「だからウチの夫は亡くなるまで一度も浮気していません」と、母はすごく自慢していました。(笑)
食べ物は一番の薬、すべての食べ物が私たちに影響を与えるといいます。でも誰が何を食べてもいいというわけではないんです。日本では好き嫌いをなくしてまんべんなく食べなさいといいますが、中国の考え方はちょっと違ってて、その人の体質によっていい物と悪い物があると考えます。
「まずは自分の体質を知ること」と、小さい頃から何遍も言われてきました。「熱と寒」、熱しやすいのか、冷えやすいのか。「実と虚」、筋肉質のようなタイプなのか、反対に声が弱々しくて気力に乏しいタイプなのか、「燥と湿」、乾燥気味なのか、むくみやすいのか。その組み合わせ方で、自分の体質が分かるんです。冬、冷えてつらいとかもあるけれど、食べた物にどう反応するかも大切な情報です。そうやって母親は一人ひとりの体質を見分け、「あなたはこうでしょう」と注意していくうちに、その子も自分の体質を覚えていくんです。
私は「寒」、そして「燥」、それから「虚」です。だから兄とは食べるものは全く違いました。私にとって良くて彼には良くない食べ物があり、その逆もあります。いまは自分が家庭を持って、今度は私がみんなの健康を考える番です。夫と子供が三人、今度夫の両親も来てくれるので、七人家族になります。段々母親に似てきましたね。みんな体質が違うんです。夫と私は正反対。子供も三人とも組み合わせが違う。お義父さん、お義母さんはまだ分からないけれど、また見分けていこうと思います。
その人の体質ごとに合う物を作るとなるとすごく複雑じゃないか、どうすればいいのかと聞かれます。母は「五色五味を揃えればいい」といいます。食卓にそれを並べて、その子が自分の体質に合った物を多めに食べていけばいいと。私のように「燥」で潤いがほしければ苦い物、しょっぱい物を食べなくてはいけません。「虚」なのに歌も歌うので、辛い物も必要です。
いつもの体質に加えて、季節ごとの食べ方もとても大切。食べ物で季節と闘うんですね。香港は夏とても暑いので、身体の中の熱を出していく物を食べていく。冬瓜・梨・キュウリ・スイカ・モヤシなどですね。秋になるとさらに大きなテーマが待っています。冬に備える身体を作るため漢方薬を食材としてたくさん使うんです。私のキッチンにも四〇種類くらいありますよ。それからもう一つ、補品という栄養を補う食べ物を取ります。
補品の種類はたくさんあります。フカヒレ・ツバメの巣・干しアワビとか。みんな高いですねえ。私がよく食べたのは妊婦の時くらいです。あまり予算がないのならスルメや魚の胃袋なんかもいいですよ。
補品にはこんな思い出があります。三〇年前日本に来てビックリしたこと。職場の近くの日比谷公園、綺麗な噴水の近くにハトがいっぱいいて、みんなコロコロ太っているんです。「わあ、おいしいそうだなあ」と思って。ハトは栄養のある補品、子供や女性、高齢者にいいご馳走です。こんな食べ頃になっているのに、どうしてみんな持って帰らないんだろう。香港だったら一晩で消えちゃうのにって。後で平和の象徴と聞いて「そうか」と思ったんですけどね。でもいまも公園にいくと、一番太っているハトを目で追っていますね。(笑)
えっ、ビックリですか。それではもっとビックリするかもしれないお話を。私が一番好きな補品は、実は蛇です。日本人のお友だちはみんな驚くけれど、私は小さい時から食べていたから、皆さんがウナギを食べるのと同じです。蛇もやはり食べ頃があって、それは秋。冬眠前の太って脂がのった蛇を食べれば、一冬風邪をひきません。姿がダメですか。だったら「三食蛇スープ」がお勧め。三種の毒蛇を肉だけ千切りにして、シイタケ・タケノコでスープを作り、最後に菊の花びらとレモン草を混ぜます。ホントに美味です。ぜひ、お試し下さい。(笑)
こんな私でも、食べられない物はあるんですよ。出身地の香港はイギリス系だから中国とは若干食習慣は違うんです。中国でも南の方、山の方の人は特に何でも食べます。昔は貧しくてよく飢えたんだそうです。平地もない、天気も悪くて、海の幸も食べられないから。だから山の方へ山の方へと、食べ物を求めて行った。そしてたくさんの漢方薬を見つけていったわけです。もう木の皮からその中のあんまで食べる。動物もたくさん、アリの卵やアリクイ・蜂の子・トカゲもサソリもです。多分、土地それぞれの知恵で、食べ物を選んでいったんでしょう。それを食べた人が元気で長生きだったから、続けて食べるようになった。返還前、中国に里帰りできる機会があった時、「えーっ、こんなの食べるの?」という食べ物のカルチャーショックを受けたんだけれど、その時、勉強させられました。私たちは人の知恵とか人の食べ物について、「ウェー」とか、単純に言っちゃいけないんだなあって、思いましたね。
中国の考え方で、健康のため大事にしている物が二つあります。一つは水、そしてもう一つは気、要するに空気です。人間の身体の七〇%は液体です。そういう水がいいあんばいで流れていれば健康でいられる。それが濁ったり、足りなかったり、乾いてしまったりすると、調子が悪くなって長生きできない。みずみずしい生活ができなくなる。もう一つの気は、どれだけいい空気を吸って、酸素がどのくらい身体中に働くかですね。気が本当に良ければ元気、悪くなると病気ということです。いま日本で流行っている風水も、風と水、この考え方からなんですよ。
でも、母はいつも言っていました。一〇〇%健康を望むのは欲張りだと。そんな人はひとりもいない。生まれながらの体質には、それぞれ違うけれどみんな弱いところが絶対ある。だから目指すのは未病だと。まだ病気じゃない状態です。それからもし病気にかかったら友だちとしてつきあいましょうと。病気をだましながらも、毎日調子よく働けて、遊べて、好きな物が食べられて、そして長生きできたら、それは病気に勝ったことになります。
母がくち酸っぱく言っていた「食べ物は薬」を一番実感したのは、やはり食べ物がない国に行った時です。いまから一六年前、初めて行ったアフリカ、エチオピアのことはいまでも鮮明に覚えています。一生忘れません。内戦と干ばつで一〇〇万単位の人が死んでいった年です。食べられないと人間は死ぬんだなと、本当に実感しました。
私たちは少し前まではお腹で食べました。お腹が減ったから、ご飯を食べる。その次は少し贅沢になって舌で食べました。おいしい物を食べたいよと。もう少し豊かになって知識が増えてくると、今度は頭で食べます。これは自分の身体にいいから食べようと。でも二一世紀はぜひ、心で食べていきたいなと思います。それはもう広まりつつあるような気がします。
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1955年、香港生まれ。72年、『ひなげしの花』で日本デビューし、73年『草原の輝き』で日本レコード大賞新人賞などを受賞。上智大学国際学部を経て、カナダのトロント大学(社会児童心理学)を卒業。タレント活動以外にも大学教授・日本ユニセフ協会大使・文化人として世界を舞台に幅広く活躍している。著書に『みんな地球に生きる人』(岩波ジュニア新書)『パーフェクト・カップル』(幻冬舎)など。