忘れられぬ味(61) 明治乳業社長・中山悠 幻の「ちゃんぽん」
洋の東西を問わず、心と舌の奥に刻み込まれている食べ物が幾つかある。
海外も何ヵ国か訪れたが、中国とイタリアの料理が口に合う。国内で食べる外国料理は日本人向けにアレンジされており、それなりにおいしいと思うが、やはり「地のもの」には到底かなわない。それぞれの民族の食文化の歴史に育まれてきて、今も多くの人々に受け継がれている素朴な料理がとりわけうまいと思う。イタリアでは、ベネチアで食べた「ボンゴレ」が忘れられない。貝の種類が違うのかもしれないが、アサリと同じ位の大きさのハマグリが滋味に富んでいて、パスタとのバランスが絶妙であった。
私は九州・福岡の出身であり、魚介には目がないが、「たこ」も好物の一つだ。多くの種類があるが、明石はもちろんのこと三浦産のものや、徳島の「いいだこ」の旬の味はいずれもこたえられない。
しかし、何と言っても忘れられないのは、高校時代によく食べた「ちゃんぽん」である。中華鍋で魚介・豚肉・野菜などの具を一気に炒めた後、麺を同じ鍋で茹でてからめ、どんぶりよりも平たい器に盛り付けたもので、汁が今と比べて格段に少ない。これに、卓上のウスターソースや胡椒を好みに応じ振りかけて食するというものであり、素材の旨味が滲み出て非常に濃厚な味だったと記憶している。
大学に入ってから福岡を離れることとなったが、いつの間にか当時の「ちゃんぽん」は見当たらなくなってしまった。なぜ、いつ頃消え失せてしまったのかは全く定かでない。もちろん、機会ある毎に地元の知人に尋ねてはいる。ある日、そうした店があるとのことで早速連れていってもらったが、そこは某チェーン店で、自分のイメージとは全くかけ離れた代物を出され落胆したということもあった。
過ぎ去った青春時代へのノスタルジーにも満ち溢れたあの味が、絶えて久しいのは大変残念なことだ。わが幻の「ちゃんぽん」を食することができる店をご存じの方は、是非ご一報いただければと、この紙面を借りてお願いする次第である。
(明治乳業(株)社長)
日本食糧新聞の第8395号(1998年7月10日付)の紙面
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