シェフと60分 焼き鳥「鳥福」主人・村山 茂氏 率先して横丁清掃
「横丁」には童心に戻って思わず迷い込んでみたくなるような不思議な魅力がある。
渋谷東横前飲食街、別名「のんべい横丁」に根を張って四五年、「鳥福」は焼き鳥一筋に横丁の片隅で生業してきた。
インタビューの最中も片時も手を休めることなくひたすら鳥を串に刺す。
「鳥は商品である前に生き物です。全部食べてあげないともったいない」
鶏にはことのほか愛着がある。秋田県大館の比内鶏、東京シャモ、合鴨、名古屋コーチン、山形紅花鶏など現地の養鶏所に出かけて育成方法を自分の目で確かめる。産地から直接マルのまま仕入れて、自らの手でバラして炭で焼く。内蔵もすべ調理する。
「こんなことあたりまえなんだよね」。父の代から家業とし、村山さんが始めてはや三〇年。横丁の前の店時代も含めると六〇年間続けてきた「あたりまえ」は淡々と継承されている。
O157が猛威を振るって肉関係は打撃を被った飲食店が多いが、「うちは景気もO157もあまり関係ない。一度に相手をできる人数も、仕込める量にも限度がありますから、いらっしゃったお客様が喜ばれる範囲内の営業という原則を守ってやっているだけです」。
「横丁には地域性があり、ここは数ある日本の横丁の中でも取っ付きにくいといわれています。だけど、入ると懐は深い。のれんが古いから昔なじみのお客が偉くなっても足を運んでくださって店構えに似合わず横丁の客層は高いんです。お客さんの文化として運転手を待たせていたらおみやげを持って帰るような温かさがあるんです」。
横丁に通い続ける旦那ならではの心配りが残っている。
渋谷のんべい横丁はのれんの数にして四〇軒。迷い込んだらすぐに終点に突き当たるというぐらいに小さな横丁だが、ゴミ一つ落ちていない。村山さんは今から約二〇年前、二八歳という若さで横丁組合の会長になった時に一番に手がけたことは臭いドブの工事と道路の舗装である。
「今では外から見ると汚いかも知れませんが横丁の中は本当にきれいです。会員の皆さんが気を使って掃除をしています。横丁に来るお客様をみんなで気持ちよく迎えたいとの思いからです」
店は地域との仲間意識があって初めて繁盛すると信じている。「というのは、店を出しているとどうしても自分の店に来るお客しか見えなくなり、自分の店を客観的にみれなくなってしまう」から。
ところが、昨今、大手資本の飲食店が急増している。
渋谷の商店街の歴史をひもとくと、道玄坂から見ると公園通りは西武とともにできたので新参者。道玄坂が上という意識がある。街の肌合いも違うし、微妙に文化も違う。しかし、お隣新宿南口の高島屋オープンと同時に新宿勢が一丸となって活動し始めており、渋谷も街全体で街の発展を図る時が来た。
こんな時に街おこしならぬ渋谷クリーンキャンペーンを企画したのが村山さんが副支部長をしている東京都飲食業環境衛生同業組合渋谷支部である。
「渋谷のために皆で何かしなくちゃいけないよね。何か知らないけど渋谷好きだよね」というところからスタート。
渋谷の大手百貨店などの商品ターゲットで街全体の客層が左右することもある。渋谷は大手資本が入って若者を集めすぎたきらいがある。
「若者文化はやってはいけないこと、反社会的なことがかっこいい文化。だから、若者だけが来たら街が死んでしまう。ファミリー、年輩の方、いろんな年齢層の方が集えるバランスの良い街にしたい」。この発想から同組合が「We Love SHIBUYA!」キャンペーン(8月~11月)を展開、環業組合活動に一石を投じたばかりである。
「やっぱり、街は運命共同体なんです。街が大きくなると人間関係が希薄になり、距離が遠くなるが、そこをクリアして団結した街だけが活性化して残るんだと思います。飲食店単位も街という単位も大きさは違いますが試される時代になっていると思います」
今、一番このような活動に目を向けて欲しいと思っているのは大手企業の外食チェーン店舗。「店長に地域の運命共同体として地域活動への参加を呼びかけると本部に行ってくれという。地域というくくりでゴミ問題や治安の問題など、即店舗運営に関わる重要な問題がたくさんあるんです。しかし、店長はマニュアル以上の対応はできませんし、本部からの営業ノルマを達成することに必死でそんな余力は一切ありません。二八兆円で踊り場にある外食産業の発展を考えた場合、街との調和の実践は突破口になると思うんですが」。
席数一〇席足らずのこじんまりとした、決して今風の店ではないが偏屈な店でもない。「鳥福」の店主は飲食店が規模ではなく街に同化して本物を淡々と出し続けることを教えてくれた。淡々と意志を貫いて店を守るためには街を守れと。
文 福島厚子
カメラ 岡安秀一
昭和23年、渋谷道玄坂で生まれ育つ。四八歳。父の代からの焼き鳥屋は家業で家族のみで切り盛りしている。
サラリーマンとなって出世した同級生に「村山は仲間はいるし、家族も大切にできるから本当の意味での豊かな生活をしているのかも知れない」とポツリと言われ、家業のありがたさを実感した。
この本当の意味での豊かさを街にも取り戻したいと奔走する焼き鳥職人である。
〈店舗〉鳥福・東京都渋谷区渋谷一‐二五‐一〇、Tel03・3499・4978、営業時間は午後5時~9時、売り切れ時は閉店。