関西版:シリーズ・おいしくする人 小西酒造の6人の女性杜氏
日本民族の伝統芸能ではあるものの、いわゆる門づけの芸とされていた「津軽三味線」を国際的にも評価される芸術の域にまで引き上げた名人・初代高橋竹山の座右の銘は「古いものを極めて、常に新しいものを目指す」と聞いた。民族の酒、日本酒の低迷は時代の流れがもたらすあらゆる環境の変化に災いされたから、との理由も成り立つが、果たして確たる理念を形成して最善の努力を尽くしてきたかとの問いには、業界、企業ともども胸を張って答えることができるのか、はなはだ心もとない。低迷打破に至らぬ今こそ「古いものを極めて、常に新しいものを目指す」の理念に総力を結集し、日本酒の存在感の浮上と、愛飲層の拡大を図ってもらいたいものである。
創業一五五〇年、日本最古の伝統と歴史を誇る清酒「白雪」醸造元・小西酒造(株)(小西新太郎社長、本社=兵庫県伊丹市、電話0727・75・1524)は、伝統の技法を身に付けた熟達の杜氏と、最新の技術にも精通する若い力を共存させ、お互いがその才能をぶつけあい、求めあい、酒造りに執心している。その限りなき執心が、公的機関による唯一の全国規模鑑評会「全国新酒鑑評会(主催・醸造研究所)」において、二年連続出品五蔵“全蔵金賞受賞”の栄冠に結びついている。
そして、新しい挑戦の一つが結実した。
国民的人気番組であるNHK朝の連続テレビ小説に、酒造りに半生をかけた女性を描く「甘辛しゃん」が登場しているが、このドラマに連動させて「しゃん」を新発売した。
白雪「しゃん」(三〇〇ml、アルコール度一〇、一一、一二度の三種)は、文字どおり女性の手になる「女性向けの、清酒らしくない清酒」で、アルコール度数の低さばかりでなく、容器デザインは斬新、黄・緑・青のカラフルびんに納められている。
小西酒造(株)技術部に籍をおく将積由紀子さん(大阪市立大食品栄養学科卒)、滝本昌美さん(武庫川女子大食物学科卒)、鶴田緑さん(神戸大農学部生物環境制御学科卒)、中川知子さん(京都府大食物学科卒)、小松正美さん(奈良女子大食物学科卒)、中山美穂さん(神戸女学院人間科学科卒)六人の処女作であり労作である。
生産部門の最高責任者であり、金賞受賞請負人ともうたわれる常務取締役松川弘生産本部長が、手塩にかけて育成中の才女グループであり、みずみずしい感性を持ち合わせた“希望の星”でもある。
入社の動機は、「酒類も含めた食品メーカーを希望」(将積さん)、「地元企業であり、酒類販売にも興味があった」(滝本さん)、「酒類製造を希望、白雪に縁があり」(鶴田さん)、「清酒大好き人間、趣味と仕事の一致を願い」(中川さん)、「お酒好きで自然体で、しかし、造りに携わるとは……」(小松さん)、「白雪ビールを造る先輩の、仕事に対する情熱に感動」(中山さん)とそれぞれに異なるが、今の目的は一つのスクラムを組むチームメートである。
彼女たちの労作は、すべてにわたり斬新な感性で貫かれており、清酒フアンといえど古い感覚しか持ち合わせていない人たちの評価は当然のことながら芳しくないが、ターゲットと目する女性を中心に新鮮な驚きと評価を得ている。本社内の評価も「よくできた」で、彼女たちの努力に応えている。
冒頭に記した熟達の杜氏、練達の技術者の先輩諸氏の指導を受け、酒造りのイロハから学び、試験仕込みや新酵母の研究・分析、あらゆる技術面の研修の一方で、工場や蔵に入り麹造りをはじめ全工程に携わり、時には重労働も体験した。
彼女たちの真摯な姿と才能を再確認した司令官(松川常務)が、GOのサインを発信した。
「既存の酒の概念にとらわれず、若い女性の感性でオイシイとおもう酒を造りなさい。そして、おもわず手にとってみたくなるような容器に包みなさい。もちろん、ラベルもトータルデザインもすべて自分たちで作り上げなさい」
業界の壁にもなっているコストに関しても、この異能集団には「考えなくてもよろしい」と宣言した。
従来の酒の概念を覆す清酒の誕生に至る過程においては、「それは酒ではない」と叫びたくなるような提案がいくつもなされ、あきれる一方で良い意味の衝撃波を発信、それは、全社の意識をも揺さぶるウエーブでもあった。
自由かっ達に、彼女たちは大きな目的である新しい清酒需要の開発に資する酒を見極めるため、ターゲットである若い女性ばかりでなく、日ごろなじみの薄い人々に焦点を合わせ、市場調査も自分たち自身で徹底研究した。
そして完成させた白雪「しゃん」は、フルーツや洋風のオードブルにも合う軽快な飲み口が特徴で、容器にも精いっぱいこだわり、「しゃん」を女性の姿と定め、外見的な柔らかさと中に持つ芯の強さを表現、また、空びんは一輪挿しとして再利用できるようコルク栓を使用、フイルムにも工夫をこらして三色の色づかいとした。
彼女たち若い女性の感覚で清酒の業界を眺め直すと、業界が酒類市場の競合において一番欠落している部分はファッション性にあると認識しており、技術面においては先輩技術者に追いつくのは至難の技と認めているが、私たちだからこそ見えるという部分で愛する清酒、愛する企業に貢献したいと口をそろえて強調する。
ドラマ「甘辛しゃん」の主人公ではないが、女人禁制の世界とされた清酒業界での女性進出は、時代のすう勢からいって、遅きに失しているとの外部の声も聞くが、本当に彼女たち若い女性の情熱で伝統産業の浮上が可能となるのか、業界人の視線も熱くなるばかりである。
とは言え、思いもよらぬ職場環境に取り込められ、多くの助言と指導を受けながら前方だけを見続けまい進、そして自分たちの手で世間からも注目される酒を生み出した彼女たち、いや応なく救世主としての役割が課せられたと自覚せねばなるまい。入社の動機はともあれ、今はだれもが天命を感じ自分たちの能力の限界に挑戦しようとの気概に燃えている。
これまでの努力に連なる苦しさ、辛さを一切口にせず、明るく振る舞う彼女たちの姿勢こそ、再浮上を図る業界の最も望むべき姿勢と感じたが、未婚の母ならぬ自分たちの酒、第一子を生んだ彼女たちは、さらに強く健気な女性に成長したことであろう。
最初のステップをめでたくクリア、視界を広げて次なるステップに挑む彼女たちは日本酒の未来と展望を口々に語っている。
すっかり、堅さがとれた後の懇談では、談論風発、若さがみなぎる感性豊かな意見が続発、酒を飲まずして酔境の世界となった。
「お酒造りは難しいけど、かわいい」「酔わないで楽しめる、日本酒を造りたい」「日本酒入門の間口を広げ、だんだん深入りしてもらう状況を構築していきたい」などなど、ここまでくれば、名酒造りのご本尊・松川常務もすっかり聞き役、大人が見出せなかった活路を、この若き才女たちが見つけ開いてくれるように思えてくるのだが……。
(白雪「しゃん」は、手づくりによる数量限定製造のため、現時点では「白雪ブルワリービレッジ長寿蔵」と隣接の「ブルワリーショップ」の二ヵ所だけの提供となっている)
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◆将積由紀子さん
実際に自分たちの手で酒造りを経験して、難しいさを改めて痛感しましたが、その中で皆が力を合わせることによって結果が出ることも知りました。ですから、短絡的かもしれませんが努力すれば可能性はいくつも残っていると実感しています。
◆滝本昌美さん
日本酒を深く知らずして拒否反応を起こしている同性に対しては、意識していることと正反対の神秘的な魅力が日本酒にはあるのですよ、と声を大にして訴えたく思っています。一般的にはオヤジくさいイメージで語られがちなのですが、実際造りの現場でかぐにおいは、かぐわしいにおいなのです。自然の香が漂う香を伝えたいですね。
◆鶴田緑さん
このスタッフに加わる前に販売最前線を体験してきたのですが、試飲会でも若い人の関心が乏しく寂しい思いをしてきました。このような人たちを振り向かせる華やかさを加味する必要を痛感しました。
◆中川知子さん
良くも悪くも人々の頭の中に日本酒に対するイメージが定着しています。しかし、そのイーメジが日本酒のすべてではないですよ、と広げる努力をしつつ、イメージを超えた新しい魅力の商品を提供していけば、豊かな市場が広がると確信しています。
◆小松正美さん
私たち「しゃん」を造る前に痛感したのは、日本酒業界にはあまりにも遊び心がない、ということでした。ですから、同じ純米醸造酒でありながら、度数も異なり、カラーも三色のコストをあえて無視して、選ぶ楽しみを提供する対応としました。このぜいたくが消費者の心に届けば成功ですし、今後の指針の一環にもなると期待しながら推移を見つめています。
◆中山美穂さん
私たちがメーンターゲットと目しています同性の若い人たちは、本質的に好奇心が旺盛なのです。好奇心を揺さぶり、日々の食生活に常に楽しさを提案するのが日本酒の使命との意識で携わっていきたいなと思っています。