榊真一郎のトレンドピックアップ 「クイニー・アマン」ひそかなブーム

1998.08.03 157号 14面

「クイニー・アマン」。東京で今、ひそかにブームになりはじめた新しいお菓子の名前です。

フランス・ブルターニュ地方の伝統的なお菓子で、見た目はただ丸いクロワッサンのような物体なのですが、手に取ると予想を裏切るズッシリ感にまずドキッとする。クロワッサンを二、三個まとめて圧縮したような重量感に満ちたそれを口に運んで歯を当てると、今度はクチビルを押し返す思わぬ硬さにビックリ……。

有塩バターをタップリ練り込んだパン生地に、これでもかと折り込んだ砂糖を高温でジックリ焼くことで、表面がカラメライズ(キャラメル状に焦げること)して作り出されるその食感を物ともせず食べ進むと、口の中でハラリハラリとパンの繊維がほぐれていく。

パイのようでありビスケットのようでもあって、お菓子とも言えずパンとも言えぬもの、とはほかに類するものを知らぬ食品ではないかと思います。

そもそもヨーロッパには「ヴィエノワズリ」というお菓子ともパンともつかない食べ物がたくさんあって、その一つがこのクイニー・アマンだ、といいます。それらのほとんどは、労働に汗する人々が忙しさの合間にチョット摘んで「空腹をしのぐ」ものとして発達したのであって、その生い立ちからして、いわゆる「満腹の後を楽しむ」デザートとしてのケーキとは大きく異なります。

で、不思議なことに「おしのぎ」としてのお菓子は、貧しい地域や景気の悪い時期にはやり、発達するというのです。考えてみれば日本中がバブルに浮かれていたころ、私たちの口を喜ばせたスイーツといえば「ティラミス」。口の中でそれこそ泡のように消えてしまうあの食感は、お腹いっぱいぜいたくした後を飾るにふさわしい代物でした。

その後を続いた「ナタデココ」にしても「パンナコッタ」にしても、無責任に私たちの唇や舌、のどごしを楽しませましたが、いずれもその前に重たくおいしい料理を無言のうちに要求するくせ者でした。

ちょうど「カヌレ」あたりが分水嶺でしょうか? あのふかし芋のような食感なのに洋菓子という、おしゃれと実用のギリギリの境目に存在していたカヌレ以来、「ワッフル」にしても、今回の「クイニー・アマン」にしても、妙に腹持ちの良いお菓子がはやるようになった。それと同時に日本の景気はどんどん悪くなっていったとは思いませんか。

そもそも勤勉という言葉が大好きで、満腹の後のお菓子を発達させる余裕もないほど働いて、世界一の経済大国になった日本には、まんじゅうだとかだんごだとか、おしのぎ菓子が昔からあふれていて、その上、このヴィエノワズリ・ブーム。

そう思ってクイニー・アマンをかみしめれば、甘さの陰にそれを引き立てるための相当の塩っ辛さを感じて、アア、これが不景気の味かしら、と感慨深げにため息になってしまいます。

でもため息になんの前向きエネルギーがあるわけでなく、それなら不景気の中ごちそう感漂うレストランにどんな「甘い夢」が必要なのか、と考えることが大切じゃないかと思います。

例えば不二家は景気の波にほんろうされるのに、何でミスタードーナツはしぶとく時代を超えていけるのかっていう疑問の答えも、こんなところにあるんじゃないかなと思うのです。

((株)OGMコンサルティング常務取締役)

気になる今回の店のデータ

※「パークハイアット・ペストリーブティック」(東京都新宿区西新宿三‐七‐一‐二、Tel03・5323・3462)

※「パティスリー・マデュ渋谷店」(東京都渋谷区神南一‐八‐一九、Tel03・5456・7533)「大阪天満橋支店」(Tel06・920・2327)

これ以外に全国のドンクでも扱いが始まっています。ケーキ屋でなく、パン屋さん発のお菓子がはやる時代がいつまで続くのか。ドキドキしながら見つめてみましょう。

購読プランはこちら

非会員の方はこちら

続きを読む

会員の方はこちら

関連ワード: 不二家