特集・回転寿司:成功の秘訣ここにあり 王利影のチェック
開店ずしは二つのジャンルに分類することができる。繁華街立地と郊外型の回転寿司だ。
<繁華街立地>
繁華街立地の典型的な例は渋谷の回転ずし群だ。繁盛しているチェーンがいくつかあるが、この回転ずしを冷静に分析してみると、繁華街立地のFFとしての回転ずしと、たちのすしを低価格に提供するための回転ずしとに分類できる。
8月の後半のある雨の日に四店の回転ずしの店を訪問した。築地本店と、天下寿司、びっくり寿司、台所家だ。築地本店は全品一皿一〇〇円という低価格で渋谷一の繁盛回転ずしだ。時々雨が強く降るなか、夕方の7時半で外に列が五〇人ほどできていた。最後尾に並びどのくらい時間がかかるか見てみた。
二五分ほどで店内に入れたのでこれで食べられると思ったら、店内にはさらにカウンター周囲に二五席のウエーティング用のイスが並んでいる。合計で三五分ほど待たされてやっと席に着けた。
食べはじめて驚いたのは客層が従来のすしとは全く異なるということだ。一〇~二〇代の若者が中心で、まるでマクドナルドで食事をしているような印象だ。若いカップルもいる。驚いたのは五〇席ほどもある席に座っている全員が、はしを使って食べているということ。
最近は、はしですしを食べる人も増えたが、全員がはしを使っているのを見るのはカルチャーショックだ。小僧寿司などの持ち帰りずしや回転ずしのパイオニア元禄寿司で育った世代が多くなっているという現象だろう。
全品一〇〇円だから、ネタの品質は価格相応のものであるが、手で握っており、しゃりは温かい。しかも食べたいものがあれば言ってください、と積極的に注文を受け付けて出来立てのものを出すようにしている。
若い客だからといって品質に無頓着なのかというとそうでもない。見ていると回ってくる皿に目を凝らしてうまそうか、新鮮なのかを吟味している若い男性が数人いる。こんな価格帯でも品質を追求しているのだ。
渋谷によく来る若い女性に聞いてみたら、回転ずしでも若い人の間で情報を交換して、いつもおいしい回転ずし屋を探しているそうだ。
同じジャンルの天下寿司は道玄坂を少し上った場所にあり、特Aロケーションの築地本店に比べると落ちる場所であるが、満席だった。
この店は全品一二〇円均一で、築地本店よりも価格は高いが、コメ、ネタの質は築地本店より上で、客層は二〇代以上の比較的落ち着いた年齢になる。特徴はこの四店で唯一外人が多くいたということ。外人が多いということは、商品の価値が高いという証拠だろう。
この二店は繁華街立地の回転ずしの特徴である、回転をねらっているということだ。一〇〇円とか一二〇円均一ということで、若い人たちにも安心感を持たせて腹いっぱい食べさせようということだ。
普通、すし屋というのはビールなどの酒類を飲みながら食べ、お勧めするのだが、この両店とも酒の量や滞席時間の制限を設けている。単価よりも回転を考えているからだ。
観察していると、客単価七〇〇~九〇〇円というところだろう。こんな安い単価でありながら、すしロボットを使用していないで手握りだ。これだけ売れて入ればすぐ上手になるし、速いということだろう。
繁華街のFFタイプ回転ずしの経営ポイントは、回転率を高めること、価格をきちんと表示し一見客や若い客に安心感を与えることだ。繁華街の場合、並ぶことを想定し店内に待つスペースを設けると、外から見て混雑感がないというメリットがある。オペレーションを簡単にするために一律の価格帯が望ましい。
同じ渋谷の回転ずしのびっくり寿司は、一三〇円~三九〇円、台所家は一二〇~五〇〇円と均一の値段ではない。両者ともたちのすしの業態をどうやって安く提供できるかという観点から、適正なネタと値段を追求しているのだ。このため築地本店や天下寿司よりも単価が高くなるので、客層は男性の年輩客が増えてくる。
当然値段もうっかりしているとたちのすし屋と変わらなくなる。びっくり寿司はもともと、たちのすしからスタートし、今でも同一のブランドで両方の業態を展開しているが、その立地により両者をうまく使い分けているようだ。このジャンルでは一番ネタの品質はよいが、値段もよいという当たり前の商売をしている。
会社を立て直している最中の持ち帰りずしの大手京樽は、昨年の暮れに目黒駅前に三崎港という回転ずしを開店した。比較的高級な内装で新鮮なネタを出すということで家族連れに人気がでている。カウンターだけでなく、家族連れが座れるようにブース席を設置している。料金は一一〇円からで一七〇、二三〇、三五〇、四七〇円となっている。
新鮮なネタを使うなど工夫を凝らして人気を出しているが、家族連れが座れるように設計したためコンベヤーの内部に余裕がなく、一ヵ所しか職人が立つことができず、注文を積極的に受け付けられない状態だ。大手の回転ずしの欠点は、この注文を積極的に受け付けることをしないために、新鮮さを訴求しにくいということだ。
今、たちのすしの低価格化が始まっているので、中途半端な品質や値段付けをすると衰退する危険がある。比較的リーズナブルな価格帯の築地寿司清が店を構えている銀座店の前に、梅ヶ丘の美登里寿司が店を構えた。あの強い寿司清が、値段体系を替えたり、値段表を店舗前に出すなど大あわてだ。
三〇〇〇円台でかなりの品質とお値打ちを打ち出した美登里寿司は積極的なチェーン展開を開始しており、びっくり寿司あたりも安閑とはしていられないだろう。このジャンルの回転ずしは、常にたちのすしよりもお値打ちを出すということを忘れてはならない。
そのためには回転ずしのコンベヤーに並べるだけでなく、積極的に注文を受け付けているという姿勢を見せ、新鮮なすしを提供し、鮮度でもたちのすしに負けないという工夫が必要だ。
<郊外型>
今一番元気のいいのがこのジャンルだ。小僧寿司や元禄寿司などの持ち帰りや回転ずしで育った人たちが、より本格的なすしを求めている。生業のたちのすしの立地は駅前繁華街であり、住宅街のドーナツ化現象、つまり郊外型の店舗展開に対応していない。つまり、郊外におけるすし業界は真空状態だ。真空のマーケットにビジネスチャンスが生まれているのだ。
郊外にもたちのすしを開店すればよいだろうと思いがちだが、郊外は家族客がファミリーレストランとして利用するのであり、土・日に売上げが集中する。その土・日に売上げを上げることができないと、平日いくら頑張っても売上げを上げることができない。
普通のたちのすしではそんな忙しい土・日には効率が悪くてしょうがない。そこで、たちの品質を備えたすしを回転ずしという大量販売が可能なスタイルで提供しようというのが郊外型の回転ずしだ。郊外型の場合には回転ずしであっても単なる低価格ではなく、たちのすしと同じ品質をリーズナブルな価格で提供することを求められるのだ。
洋食やラーメン、中華、コーヒーショップなどは生業店よりもチェーン店の購買力に対応することができず、どんどん廃れていくが、この回転ずしに関してはどうも違うようだ。
回転ずしにも、元気寿司とかアトムボーイなどのチェーンがあるが、そんなチェーンを脇目に大繁盛している中小の回転ずしが各地に点在している。飲食業界で唯一、チェーンがダントツにならない面白い業界だ。
回転ずしチェーンの特徴は、集中購買による原材料コストの低減と、マニュアル管理やすしロボットによる低人件費の管理が特徴だ。洋食やラーメン、中華、コーヒーなどはその集中購買や低人件費の仕組みは客サイドに見えにくいが、すしに関しては日本人の最も得意とする魚とコメだから、原材料を落とせばすぐに分かってしまう。
もう一つの問題は味の地域特性だ。魚でも呼び名が違うように地区による魚の好みと酢飯の質が異なる。魚でいえば関東のようにマグロやトロが大好きな地区もあれば、関西のように白身が大好きな地域、貝類が好きだという地域と、それぞれ好みが異なり、必ず地元でとれた魚を入れる必要がある。
また、チェーンでは魚をおろさないから、客にとってはどんな品質の魚か分からない。広いキッチンで一匹の魚を見事にさばいているのを見せれば新鮮な感じがする。牛を目の前で解体されると食べられなくなるが、ピチピチ動いている魚をさばいている姿は、日本人なら感激する。
酢飯でいえば、関東は人肌で関西は冷たくてもいいという微妙な温度差があるし、コメの硬さ、粘り、酢の甘さなど、かなりの違いがある。チェーンではそこまでの細かい対応をすることは集中購買の原則に反するのでできないという弱みもある。
人件費削減ですしロボットを使用するチェーンの常とう手段に対抗し、手握りで対応すれば客は満足してしまう。
材料費四〇%、人件費二〇%というのが大手回転ずしチェーンの経営方針である。チェーン経営というのはホームランをねらうのではなく、地道なバントで点数を稼ぐという地道な経営手法だ。
各地域によるし好の差、一定の原材料比率、集中購買による地元の新鮮な魚を使えないという大手のウイークポイントを地場の回転ずしがつくのは容易であり、それが各地独特の大繁盛店を生み出している。回転ずしこそチェーン店に打ち勝つ数少ない業態といえるだろう。
郊外型の回転ずしというのは、郊外にすし屋がなかったという真空のマーケットを攻めたから急成長したのであり、昨今のようにいろいろなチェーンの新規参入が開始されると、一気に大競争時代に突入する。昨日までの繁盛店が、ある日突然不振店舗になってしまう危険がある。
洋食や中華であれば質の高い調理による味で低価格の原材料の価値を上げることは可能であるが、日本人の最も詳しい生魚とコメでは品質をごまかすことはできない。原材料の品質、つまりどれだけ原価をかけるかというのが大手チェーンに対する対抗武器なのだ。
今まで大丈夫だからといって同じ品質で安閑としていてはいけない。回転ずしの客は魚なんて分からない若い客層だ、といってばかにしているととんでもない目にあう。
原材料にどれだけ金をかけられるかは損益分岐点の算出方法から理解しなくてはならない。損益計算書の各経費を、毎月売上げに関係なく固定的に発生する固定費と、売上げに比例して発生する変動費に分ける。
次に固定費の総額と、変動費の総比率を計算する。一〇〇から変動費を差し引くと固定費率が出る。固定費総額を固定比率で割ったものが、損益分岐点だ。損益分岐点が低い方が売上げが伸びたときの利益高が高く、低くなっても赤字額が少なくなる。
良い材料を使うと原価率は上昇するから、利益率は減少するように思うが、客がその価値を理解すれば売上げが伸びる。売上げが伸びても、増額するのは材料費とか水道光熱費、アルバイトの人件費だ。固定費である、社員人件費、家賃、減価償却費は増加せず、変動費のみの増額となる。
原価率が上がったとしてもお値打ち商品により売上げが上昇するのなら、利益の絶対額は上がる。地域一番店の回転ずしを目指し、大手チェーンに対抗するためには利益率でなく、客一人当たりの利益額という観点でお値打ちをだし、固定客になってもらうという工夫が成功の秘けつだろう。
<数字で見る開店ずし>
回転ずしの数字を見てみよう。
(1)原材料費=三八~五〇%の原材料費だ。チェーンは三八~四〇%しか使っていないが、繁盛している生業店は五〇%近く使っている。
(2)人件費=一五~二五%が一般的だ。売上げが大きくなるに従い人件費は下がる傾向にある。
(3)FLコスト(人件費と原材料費の合計)=六〇~七〇%だ。チェーンは六〇%をめどにしているが、材料費を中心に七〇%かけると大繁盛店になる。
(4)商品アイテム数=最低五〇品目、多くて一〇〇品目。品目数よりもどれだけ売れ筋の人気メニューに集中するかが重要だ。
(5)客単価=繁華街のFFタイプで七〇〇~九〇〇円、郊外型で一二〇〇~一七〇〇円が中心価格帯だ。郊外型の場合は客単価だけが重要なのではなく、それに見合った量、品質などの相対的な価値観が大事だ。
(6)ドリンク比率=五~一〇%
(7)持ち帰り比率=一〇~二〇%、売上げを上げるには持ち帰り比率を上げることがポイントだ。
(8)滞在時間=三〇~五〇分間。客単価に比例して滞在時間は伸びる。
(9)ロス率=一~二%。低ければそれだけ回転がよいか、それとも乾燥して品質の低下した商品を出していることで、数値だけでなく実際の品質を考える。単なるロスでなく戦略的な投資と考えるべきだろう。
(10)ネタ重量=一五~三〇g
(11)しゃり重量=二〇~二五g
(12)一人の食べる皿数=六~一〇皿
◆筆者紹介◆ 王利彰(おう・としあき)=(有)清晃代表取締役。昭和22年東京都出身。立教大学法学部卒。家業の飲食店経営を経てレストラン西武入社、ダンキンドーナツの設立と多店舗化に貢献。その後、日本マクドナルド入社、駐米代表などを歴任し、コンサルタントに転身。米国外食事情通として業態を問わず幅広く活躍。厨房関連、ハセップ(衛生管理)のほか、インターネットなどの情報分野で指導力を発揮している。