で・き・る現場監督:キリン食堂店長・嶋崎順一さん
神奈川県相模原市、国道一六号線の裏手に店を構えるキリン食堂は、今年8月にオープンしたばかりのラーメン店。日活映画のポスターやレトロなコカ・コーラの看板、白黒テレビから流れる裕次郎の映画など、昭和30年代を思い起こさせる内装が特徴で、開店以来引きも切らないにぎわいぶりを見せている。
中華ソバ、焼きめし、餃子と、メニューはいたってシンプルだが、素材にはとことんこだわっている。スープは野菜を一切使わず、鶏がらと豚足だけでコトコトと煮込み、醤油は天然熟成の再仕込み醤油、塩は赤道直下のクリスマス島の海塩のみを使用する。
そんなキリン食堂を切り盛りするのが店長の嶋崎順一さん。過去に三軒のラーメン店で修業した経験を生かし、若いスタッフの先頭に立ってバリバリ働く。
「もともとぼくは麺類には目がないんですよ。そばもうどんもスパゲティも全部好き。だけどやっぱり、ラーメンが一番ですね。味ももちろんだけど、麺とスープの色合いとか、盛りつけの美しさとか、それに出来上がるまでの行程が何よりも楽しいんですよ」
そんな嶋崎さん、実は別の飲食店の経営者でもある。だからキリン食堂の店長業はいわば“出稼ぎ”なのだという。
「それはもちろん自分の店も気になります。でも今はこちらを軌道に乗せることが先決ですから」
自分の経営する店を放り出してまでキリン食堂に没頭する嶋崎さん。その裏には、経営者・北森光晴さんとの厚い信頼関係があった。
「社長のこの店にかける思いと徹底したこだわりを聞いたとき、胸が熱くなりました。そして、ひょっとしたら日本の食文化を変えるような店がつくれるかもしれない、と思ったんです」
以来嶋崎さんはオープンに向けて、寝食を惜しんで研究に励んだ。メニュー構成から素材、調理法、味付けにいたるまで、吟味に吟味を重ねてようやく開店にこぎつけた。
現在嶋崎さんの下には四人のスタッフがいる。うち三人は、嶋崎さんが経営する店の常連客だったという。
「やっぱり気心が知れた人間と一緒にやりたいですからね。みんなほかに仕事を持っていたのに、快く引き受けてくれました」
経営者の北森さんとのきずな、そしてスタッフとのきずな、それぞれの堅い結び付きがキリン食堂をしっかりと支えているのだろう。
嶋崎さんは、このキリン食堂を“舞台”になぞらえる。
「われわれスタッフは役者です。いかにお客さまを満足させられるか、そしていかに楽しませることができるか。それが一人ひとりの役割なんです。接客マニュアルなんていうのはファミリーレストランに任せておけばいい。自分なりに工夫して、互いに競争しながら成長していきたいですね」
オープン以来、嶋崎さんはじめ、スタッフ全員の休みがなかなかとれないのが現状だというが、ではもし休めたらどうしますか? との問いかけに対しては即座に答えた。
「自分一人の休み? それだったら要りません。スタッフ全員が休めるんだったら、昼間からビール飲んだり、おいしいものを食べたりしたいなぁ。オープンからここまで、がんばってくれたみんなをねぎらってやりたいんです」
キリン食堂が繁盛し続ける限り、嶋崎さんの願いが実現する日は遠い。が、そんな嶋崎さんの思いは、間違いなくスタッフに届いているはずだ。
◆(有)いろは企画/代表取締役=北森光晴/本部所在地=神奈川県相模原市大野台三‐二‐五、Tel042・758・5010
◆キリン食堂/神奈川県相模原市星が丘二‐一‐三、Tel042・754・4541/店舗面積・席数=二五坪・二三席/従業員=正社員二人、アルバイト三人/客構成=ファミリー/客単価=一〇〇〇円
◆しまざき・じゅんいち(キリン食堂店長)=昭和40年東京生まれ。高校一年の時、友人の家で開かれたパーティーで出された料理に感激。男でもこれだけの料理が作れるのか、と衝撃を受ける。以来料理の魅力に取りつかれ、さまざまなジャンルの飲食店でアルバイトをこなし、めきめきと料理の腕を上げる。現在は洋風居酒屋の経営者にしてキリン食堂の店長という肩書きを持つ。