シェフと60分:「シルスマリア」オーナーシェフ・小林正和氏

2001.02.05 221号 9面

食通を自認する男性なら、バレンタインに贈られた経験があるのでは。その名も「公園通りの石畳」。箱の中にはひと口サイズの生チョコがレンガのようにぎっしり詰まり、見た目はまさしく石畳。口溶けとキレのよさ、ほろ苦さと深い味わいが後をひく、発売一四年のロングセラー商品である。

「ミルクの脂肪分から調整し、餃子のバットで試作を重ね、出来上がった瞬間には全身から脂汗が出ました。『こりゃ、売れる』と」

小林氏は開発当時をそう振り返る。狙いは男性客。職場での激務の合間のティーブレークに、あるいは出張時の手土産に、背広のポケットにしのばせられる小ぶりな菓子を考えていた。

しかし、このときはトリュフの全盛期。出入りの業者の反応はいまひとつだった。これに反して早かったのが客の動きだ。口コミで販売量は倍倍ゲームのように増え、デパートからの引き合いも拡大、今年のバレンタイン月間は百貨店四〇店舗で売り出す。

「食べて納得してもらう商品なので、売場では最初の二日は試食に力を入れてもらう。その後の一週間でドーンと売れますから」

自信の裏には数字がある。小林氏がシルスマリアをオープンさせた一八年前の年商は一七〇〇万円。いまは三億六〇〇〇万円を計上し、売上げの六割を「公園通りの石畳」が占める。

ちなみに同商品は三五粒入りが一〇〇〇円、七〇粒入り二〇〇〇円、九六粒入り三〇〇〇円。発売当時から価格は据え置き。ほかにホワイトチョコ、アールグレイの二種類がそろう。

そもそも同店が注目されたのは、一六年前に出した「ベルク」(生パイ)のヒットだった。カスタードとホイップクリームを半々にした栗入りクリームをパイ皮に盛り、砕いたパイ皮と粉糖をかけたもので、スイスの山をイメージした。こちらも発売当時から一ホール一〇〇〇円の設定だ。

このほか半生タイプの栗入り焼き菓子や、半熟チーズケーキなどいずれも業界に先がけた商品づくりで話題をさらった。

こうした独自性により、同店は大手菓子店やコンビニなどへのデザートメニューの考案、製品納入などメーカー的な機能も強めてきた。また「公園通りの石畳」は、オーストラリアの専門店から「こんな繊細なチョコは初めて」と注目され、この春から初の海外進出を果たす。チョコの本場ベルギーからも並々ならぬ関心を寄せられている。

「チョコレートの原料はベルギー(カレボ)。日本で製品化して、ベルギーに売るという構図も面白いですよね」

現在小林氏はシルスマリア直営四店のオーナーであるほか、菓子講習会で全国を回り、百貨店での出張ケーキ製造販売も気軽に引き受ける。しかも頭の中は「オリジナル菓子のプラン」でぎっしり、一部をレシピ本として今年の出版に向けて製作中でもある。

「初めて勤めた店のおやじに『将来、店をもつ気なら、自分の得意なもの、オリジナルのものをつくれ』とはっぱをかけられたことが原点」と小林氏。

菓子も料理同様、素材の組み合わせの妙がうまさを引き出す。そのためには「うまいものを食べ歩き、組み合わせ感覚を磨け」とも言われた。もっとも当時は薄給の身。親方に食べ歩きに連れ出してもらったことも思い出のひとつになっている。

「バブルがはじけてから商売がぐっと上向きましたね。それだけ本物志向が強まったのだと思います」

「チョコやチーズなど歴史ある素材は強いし、ビジネスチャンスになりますね」という小林氏。チーズのタルトやチーズトリュフはすでにおなじみだが、この春はもっとチーズを活用できないかと思い描いている。

文   浜田京子

カメラ 岡安秀一

◆私の愛用食材

愛用しているのが(株)ブレスブルージャポンのチーズです。オージークリームチーズやナチュラルチーズを使っています。カマンベールチーズは熟成の段階によって性格が違うから、菓子にしたときが面白く興味をそそられますね。うちは菓子屋ですが、チーズをそのまま店で売るときもあるんですよ。ゴルゴンゾーラなどお客さんにも好評です。

(株)ブレスブルージャポン/東京都千代田区、03・5215・2301

◆プロフィル

昭和24年、長野県飯山市の農家に生まれる。親戚が和菓子店を営み、「ガラス張りの向こうで叔父があんこづくりをしているのを見て」菓子屋になることを決心。小学校五年生だった。

学費を稼ぐためにトラックの運転手を二年経て、東京製菓学校へ。コロンバンで修業し茅ヶ崎で店を出していた内田保氏のもとで三年、その後二年間神戸の「ハイジ」でドイツ帰りのチーフにチョコレートを本格的に学ぶ。

茅ヶ崎に戻ってフランス菓子「サフラン」で生チョコ製作に打ち込み、一八年前に独立。「店は女房のもの」という本店は席数四二、古木をふんだんに使い、入り口は吹き抜け。スイスの瀟洒(しょうしゃ)な別荘でくつろぐ気分になれる。

・所在地/神奈川県平塚市龍城ヶ丘2‐3

・電話/0463・33・2181

購読プランはこちら

非会員の方はこちら

続きを読む

会員の方はこちら