シェフと60分:とんかつ割烹「山下軒」4代目店主・山下誠一氏

2003.04.07 267号 17面

とんかつ割烹山下軒は、JR大宮駅から徒歩五分のところにある。

創業当時は洋食屋が珍しく「ハイカラな食堂」と近隣でも話題だった。

現在の店は純和風の店構えで、「割烹」の名にふさわしく、京都の小料理屋のような落ち着いた雰囲気を醸し出している。繁華街の喧騒から逃れて、ゆっくりと食事や酒を楽しみに来る常連客が多い。

調理場に立つのは四代目、三二歳の山下誠一氏だ。

「子供のころから、仕事をしている父の姿を見て育ちましたから、料理人になるのは全く抵抗ありませんでした」

早くに亡くなった父親とは一緒に仕事をしたことはないが、「キャベツはいつでも新鮮なものを、料理は熱々のうちに」と素材の新鮮さと客に手早く料理を出すことを信条とした先代の遺志はしっかり受け継いでいる。

そして料理人として一番影響を受けたのは東京會舘での修業時代の恩師・小松崎剛和食調理長だという。

「手際や段取りの悪さをよくしかられました」

調理長の助手としてクッキングスクールに行った時に、生徒の前で手際の悪さを怒鳴られたこともあった。

「先の先まで読んで、仕事を組み立てる習慣を叩き込まれました」と当時の修業の厳しさへの感謝を口にする。

先代の仕事ぶりから、料理人の心構えを、小松崎和食調理長からその心構えを具体的に実現する方法を習ったと振り返る。

今年は店を継いで四年目に入る。

「店を切り盛りできるようになるまでに三年。今年はぜひ打って出る年にしたい」と闘志を燃やしている。

いま手掛けているのは、割烹で修業した経験を生かした新しいメニューの開発だ。

週に二度、三度と来てくれる常連客を飽きさせないようにとの心遣いもあるが、新規客の獲得も視野に入れる。

この冬は先代からの常連が多い宴会メニューに、かきもちを入れたオリジナルの鍋料理「アラレナベ」を出して、コクのある味が評判になった。

サラリーマンが多いランチタイムに、魚のアラでだしをとった「和風ラーメン」や、創業一一〇年の看板を生かし昔の味をうたった「山下軒特製カツカレー」「ハヤシライス」といったメニューも取り入れた。

師から学んだ「仕入れは厳選し、料理は心を込めて丁寧に」という基本を忠実に守り、存分にレシピに自分のアイデアを盛り込む。

「日本料理をベースとした創作料理は可能性に広がりがある」と手ごたえを感じているようだ。

料理のヒントを得るためには、専門誌だけでなく、旅の本などもよく読む。

地方料理や旅館の料理などは参考になることが多い。

最近は新潟県新井市の伝統的な唐辛子調味料「かんずり」に興味をもった。まだ実物を手にしたことはないが、届くまでにあれこれ利用法を考える時間も楽しいそうだ。

店を背負って立つと現実の厳しさも身にしみる。

「最近の大宮駅前は、自分が子供のころと比べると高齢化が進み、人の賑わいがなくなっている」と感じるという。

古くからの飲食店がなくなる一方、国道沿いには外食チェーン店が増えた。

「うちでは、大がかりな仕掛けはできないが、お客さんとじかに接する強みを生かして頑張ります。いつかは同業者から、行ってみたい店といわれるようになりたいですね」

山下軒・四代目の挑戦はまだ始まったばかりだ。

(文・カメラ 栗田和彦)

・所在地/さいたま市大宮仲町二‐三三‐一

・電話/048・641・0167

◆プロフィル

昭和45年埼玉県さいたま市生まれ。大宮で創業110年を誇る「とんかつ割烹山下軒」の4代目。東京都調理師専門学校から食糧学院・飲食店経営科に進み、東京會舘で4年間小松崎剛和食調理長に師事する。

その後、上野入谷の割烹で3年揚げ物の勉強をし、99年から山下軒を切り盛りしている。

機会あるごとに話題の店に出かけるなど、外食トレンドの研究にも熱心。趣味はテニス。体力作りをかねて週1回は必ずラケットを握る。

◆私の愛用食材 「天下名品・関ヶ原たまり」

天下分け目の決戦で有名な関が原で、伝統的な製法で作られている長期天然醸造のたまり醤油です。色がよいので、大根料理に使うと大根に味と色がほどよい加減でつきます。

ちょっと甘みがあるのも気に入っています。ショウガ焼きに生醤油と一緒に使うと肉の味を引き立てておいしく仕上がります。料理の隠し味にも欠くことのできない醤油です。

◆問い合わせ先=関ヶ原醸造(株)(電話0584・43・0005)

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