名古屋版・オーナーシェフの夢(1)ラ・フォルケッタ/ミューズ・バー
ひところチェーン店はメニューの均一化とブランドの信頼性を最大のメリットとして、勢いに乗った。しかし移り気の客を引きつけるには、同じネーミング、同じスタイルで展開していくことはむしろマイナスとなることも知れ、最近ではこれが同じチェーンでも一店一店違った様相の店展開が当たり前となってきた。結局、個店の良さをもう一度見直す時期がきたようだ。実際に店の主人が料理も作って出すという、飲食店の原型といっていい店が地域一番店として永遠に客を引きつけている。このシリーズでは主役はあくまで「オーナーシェフ」。自身の「存在感」こそが最大の「売り」なのである。独自のアイデアや企画で趣向をこらし、料理を楽しんでもらえる努力をしているオーナーシェフに夢や喜びを語ってもらうシリーズがスタートする。
◆イタリアンレストラン オステリア・ラ・フォルケッタ 土井正行さん
JR高山駅からすぐの商店街、本町通りにあるのが「ラ・フォルケッタ」。三年前、土井さんの思いを完成させた伊レストランだ。旅行会社の営業マンだった土井さんは三〇歳の時新婚だったにもかかわらず単身イタリアに渡る。将来レストラン事業を始める意志のもと、好きな国であるイタリアで料理の修業をするためだ。
二ヵ月間は日本人向けの料理と会話を教える学校で勉強し、ルッカのレストランで半年修業。続いてピアチェンサのミシュラン一つ星レストラン、南アルプスの奥深いリゾート地のレストランで地方の伝統料理と新しい流行の料理を経験、伊料理の技術だけではなく、食文化を学んだ。
サラリーマンの道から料理の世界へ入った変わり種だが、「外国人が外国の料理をするには、まずその国の文化を知る必要があります。休みなしで料理修業に明け暮れるよりも、まずイタリアはどんな国か体感することですね」。
休日には教会へ行ったり美術館で絵を鑑賞したり、歴史や文化に接した。旅行社の営業職だったからこそ、料理以外のサービスや企画にアイデアをきかせることができる。料理人歴が少ないことはものともせず、サラリーマン歴を最大限に生かしている。
高山は土地柄和食が強く、さまざまな試みをしないとリピーターを増加させることはできない。フォルケッタの客はヘビーユーザーが多くそれも食にかかわる人や食通がほとんど。したがって、常に食材や料理の情報を収集し、勉強をして、ほかの店では食べられないメニューを提供するという、飽きさせない努力を心がけている。
「創作料理ばやりだけれど、大半はコスト削減のためにアレンジしてごまかしているとしか思えない」
イタリア人が来店するそうだが、「外国人にも満足してもらえる、きちんと伊料理の基本を押さえた上でのバリエーションメニューを提供したい」。
いかにして独自性を付加価値に発揮させていくかの努力は惜しまない。まず食材のこだわり。豊橋の農家からイタリア野菜を、金沢のマイスターから特別に焙煎してもらった豆を仕入れる。飛騨牛は自家で塩漬けしたものを使い、夜のパスタはビーツやイカ墨などを練り込んだ一工夫した麺を使う。
二、三ヵ月に一回、ワインと料理を組み合わせたワイン会も企画。旬に合わせた夏野菜やキノコ料理を提供し、リーズナブルな会費で自由に遊べる会にしたいと話す。オーナーシェフの“顔”が看板になるというわけだ。
暇さえあれば雑誌、専門書、インターネットなどを細かくチェック。料理のほか、器、盛り方、メニューの書き方など演出方法も研究する。
「ゆくゆくは伊レストランのように料理に融通をきかせて、量の大小や食材の有無などお客さんのわがままな要望にも細かく対応していきたいですね。これがオーナーシェフの店の利点ですからね」
高山の地にイタリアンを根付かせるために、まだまだやりたいことは山のようにある。土井さん夫婦は、それを一つずつ着実にクリアしていく。
◇「オステリア・ラ・フォルケッタ」=岐阜県高山市本町三丁目一八、電話0577・37・4064
◆フレンチレストラン ミューズ・バー 白川尚さん
名古屋の仏レストラン「白亜館」で一二年間シェフを務め、その後高山に戻りホテルアソシアの立ち上げに加わり、二年後に独立。「ビストロ・ミュー」をオープンさせた。高山では数少ない本格派フレンチを味わえるレストランとなり、女性客を中心に人気を集めている。そして七年目に入った昨年の12月19日、新しく「ミューズ・バー」をオープンした。
「今フレンチは料理人の努力で価格も含めて身近な存在になってきているし、ブームも再び戻ってくるでしょう。しかし非日常的な空間として利用されることが多く、ナイフやフォークを使わない、もっとフランクに行けるワインと料理のバーをつくりました」
白川さん自身が軽くワインとアテを楽しみたい時にあったらいい店をコンセプトにした。一階はカフェ風にしてカウンターと三テーブルを設けた二〇席、二階も同じく二〇席で落ち着いた雰囲気に。
結局、焼き鳥屋感覚のワインバーがやれないかとアイデアをめぐらし、フレンチバーベキューと称して、カモ、子羊、ウズラ、ナドリ、飛騨牛ほほ肉、豚とろ、牛タン、ウズラ(一羽七二〇円、1/2羽四〇〇円)、骨付き仔羊ロース肉(五〇〇円)などのほか、「丹生川橋場さんの作ったしいたけ」(一五〇円)もこだわりだ。
素材を大切に塩・コショウだけのシンプルさも今の客志向に合っている。飽きさせないことをモットーにしているアラカルトメニューを紹介すると、白子のコロッケ(八八〇円)、焼きタコのマリネ(六八〇円)、仏産ヒナドリ唐揚げ(七八〇円)、トリュフと地鶏のリゾット(一二〇〇円)などに加えて、「本日シェフのまかない料理」として小さなパスタのグラタン(四八〇円)、じゃがいものグラタン(四八〇円)やポトフ、こだわりカレーもこの店ならではのメニューだ。
「和食、中華などの異業態や居酒屋にもよく行き、これをフレンチにしたらどうなんだろう、と考えます。お客さんには自分の感性や技術でやれること、やりたいことを気に入ってもらうしかないので、基本的には自分は自分、無理せず自分の背丈にあった店を出していきたいですね」
今は地元の評価を見すえながら、このミューズ・バーを一人でも多くの人に気に入ってもらえることに全力を尽くす。夢は自分がこだわる、これだけは絶対にゆずれない料理をつくり、それをわかってくれる客を対象にした店をつくること。
カウンターは六席とオーナーシェフ一人で切り盛りできる規模だ。
さて開店二ヵ月がたち、二〇代の若い女性のグループやカップルが多いが、中高年の男性が一人カウンターでワイングラスを傾けている姿も見られる。気軽に楽しめる雰囲気は上々だ。
◇「ミューズ・バー」=高山市名田町六─一三─一、電話0577・35・2430