料理の潮流インタビュー:「イル ギオットーネ」オーナーシェフ・笹島保弘氏

2006.06.05 315号 13面

京都で予約の取れない料理店のひとつ「イル ギオットーネ」。京野菜や地の魚を、和の技法を用いた繊細なイタリアンに仕上げて人気を集める。しかしその神髄は、地元に根付く正統派イタリアン。昨年は東京・丸の内に新たな店舗を構え、早くも予約でいっぱいの店になりつつある笹島シェフに、グローバルな視野で自ら目指すイタリアンの展望を語ってもらった。

‐‐東京に出店されて約半年。いまの現状はいかがですか。

笹島 出店の話はいただきましたが、費用は100%自分で出資しています。いまは週1回くらい京都と東京を往復してますね。それに東京に来たら、家賃も食材も物価が高いですから、経営は厳しいです。もともと僕の料理の特徴は、コストパフォーマンスの良さ、原価率も45%と高い。東京の店では、価格を上げることもできますが、それでは僕の料理ではなくなってしまう。食材も価格も落とさない代わりに、僕の給料はゼロでやってます。

でも、それだけ本気のテンションでやらないと、これだけ新しい店がどんどんできて競合の多い東京で、お客さまの支持を得て続けていくことは不可能ですよ。

特別磨き上げられたその店の良さがないと、リピートはしてもらえませんから。

逆に、東京で成功すれば、どこに行ってもやれる。京都は、イタリアンが増えたといっても、東京に比べればまだ数えられる範囲です。それに観光地の特性として、年に数回、人口が数倍になる時期がある。閑散期をしのげば、なんとかやれてしまう特殊な場所なんです。

僕は東京に店を構えて、東京のマーケットも分かるようになりましたが、京都のネガティブな面や良さも見えるようになりました。

‐‐イタリアン業界の今後は、どうなっていくでしょう。

笹島 東京では、お客さまがこなれてきて、単に「イタリア料理」という漠然としたくくりではなく、「シチリア」や「ナポリ」のような地域性や個性が特化したものが、認められるようになってきました。

また一方で、「日本人の感性で地場の食材を使って作るイタリアン」というのも確立してきた。僕も京都で京野菜を使っていますが、これからは北海道でも沖縄でも、その土地のものを使うイタリア料理店が、街に1つあってもいい時代が来ると思います。より本場に特化したイタリアンか、日本人のオリジナル性を生かしたイタリアンか。これからは二極化して、どっちつかずのところは淘汰されていくでしょう。

とくに、日本人の感性については、臆せずにもっと自信を持ってやってもいいと思います。たとえばイタリアのワイナリーの営業マンは、世界中でイタリアンを食べていますが、彼らいわく、イタリアの次においしいのは日本。

ただし僕も、和の手法や材料を使っても、イタリアンとして守るべきコンセプトは守っている。たとえば昆布でだしをとっても、そのあと鰹節や醤油は使わない。言葉では難しいですが、「イタリア人ならこうするだろう」、逆に「これはないよ」というのが、きちんと修業してきた人なら染み付いているはずです。

また、ミラノのような都心なら、日本人の感性で作るイタリアンが受ける可能性もあるのではないか。もう「日本人=すし」ではないですよ。いま知り合いのシェフと、現地でフェアみたいなことをやれないか話しているところです。僕も自分のやっていることが、イタリアで受け入れられるか試してみたいですね。

‐‐これからの課題は。

笹島 京都に関して言えば、僕は以前、今の店の次にどんな店を出したら、お客さんに喜んでもらえるか、なかなか分からなかった。でも東京に来て、僕のやるべきことが見えてきました。

いまこそ、ファミリーレストラン並みの価格帯で、きちんとしたイタリアンが食べられるデフュージョン(大衆化)した店が必要だと。

京都は90%以上が和食の街でしたが、少しずつ洋食に目が向いて、若いシェフも独立し始め、小さいけれど活気のある店が増えてきました。イタリアンやフレンチが頑張って、市民権を得られるとき。誰かがボーンと起爆剤を投下できれば、イタリアンを特別な食事ではなく、日常の食事として根付かせるチャンスです。

僕が次にやるのは、京都にそうした店をつくること。もちろん東京にも、そうした店は必要だと思いますが、それは東京の方がやられるでしょう。

京都というのは、何代も続く老舗が、デフュージョンしたお店を出すなんてことはまずない。お客さんが喜ぶと思っていても、変えられない宿命があるんです。でも僕らにはそうした呪縛がないからできる。

東京に出店したのは、ここで積んだキャリアを生かして、京都で一役買うため。また僕が東京に出たことで、それに続く料理人が出てほしいし、東京のデベロッパーさんが、もっと京都に目を向けるきっかけになればいいですね。

◆プロフィル

ささじま・やすひろ=1964年大阪生まれ。高校卒業後、レストランの世界へ。24歳で「ラトゥール」(大阪)に抜擢。その後、「ラヴィータ宝ヶ池」「イル・パッパラルド」(京都)のシェフを経て、2002年京都発のイタリアンを目指し、「イル ギオットーネ」のオーナーシェフに。05年11月「イル ギオットーネ 丸の内」を開店。

◆「イル ギオットーネ 丸の内」(東京都千代田区丸の内2‐7‐3、電話03・5220・2006)

◆シェフの愛用食材:シチリア産オリーブオイル「SALLEMI」

オリーブオイルというと、トスカーナ産が有名ですが、イタリア人がおいしいと思っているオイルは、日本人にとってはピリ辛いもの。このオイルは比較的クセがあるシチリア産の中でも、コク・香りともバランスが良く、ピリピリしません。

僕はたくさんのオイルを使い分ける方ではなく、肉・魚・野菜と3種類もあれば十分。これはとくに気に入っていて、家でもストックして、ご飯や味噌汁にもかけています。

使い方は醤油と同じ。オリーブオイルは、単なる油脂ではなく、調味料だと実感しますよ。

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