シェフと60分 カルミネ・オーナーシェフ カルミネ・コッツオリーノ氏
「料理は愛情の表現」。カルミネ・コッツオリーノさんの料理観であり、人生観にもなっている。10代の頃、好きな女性のために一生懸命料理を作った思いがある。「ぼくの彼女に対する愛情を料理で表現したかったから」。その愛情はいま「カルミネ」のお客さんすべてに注がれている。
「カルミネ」の料理には人々心をなごませ、楽しくさせる魅力が溢れている。コッツオリーノさんの人柄が料理だけでなく、サービスにも浸みわたって、客を安心させるようだ。「毎日が劇場の舞台だと思っている。主役はシェフのぼくだけど、作る人も食べる人も楽しい気分にならなければいけない。お客さんの反応を感じとりながら、精一杯のサービスをして舞台を盛り上げたいといつも考えている」。
サービスの心はあらゆる面に向けられている。味つけは常に自分でチェックする。料理を出すタイミングにも気を使う。「一の皿がおいしくても、二の皿を出すのが遅れたらだいなしになってしまう。だから厨房にいても、お客さんの様子を見るようにしている」。ホールのウエイターの教育でも手を抜かない。「かつてはアルバイトの学生を使ったことがあるけれど、今は全員社員。日頃、彼らに注意していることは、“お客の目を見て注文を聞くこと”“どんなお客さんでも差別しないで、笑顔を絶やさないこと”。お金持ちだから、また美人だから特別に笑顔をふりまいたりしたら、他のお客さんがいやな気分になってしまうでしょう」。
どんな客でも対等にサービスすることを貫いている。「たまに、人の紹介で“普段店に出していない特別の料理を作ってくれ”と予約が入ることがあるけれど、そういうお客は断っている。一〇万円の予算で作ってもらいたい、という政治家もいるが、そういう時は他の店を紹介する。ぼくは貧乏だったから、ラーメン一杯食べるのがやっとのこともあったから、お金の力をみせつけるようなお客さんには料理を作りたくない」。常識的な普通の人間でいたいと考えている。
料理の味もさることながら、客を喜ばせてくれるのは極めてリーズナブルな値段。ランチメニューは一八〇〇円から。スパゲティ、パン、サラダ、デザート、コーヒーが付いてこの安さ。ディナーコースは開店してから今まで三五〇〇円を通している。「こんなに安くてやっていけるのか、とよく聞かれるけれど、十分にやっていけます。日本のイタリアレストランが高すぎるのです」と笑う。なぜ、ディナーメニューが三五〇〇円になったのか、いかにもコッツオリーノさんらしい理由がある。
「六年前に店をオープンする時、親しい友人だけを呼んでパーティーをやったのですが、その時のコース料理の値段を、仲間うちということで三五〇〇円にしたのです。で、一般のお客さんも“友人”と考えて同じ値段にしたのです」。
最初から“野心”があったわけではない。来日のきっかけは武道の世界へのあこがれから。「イタリアにいた時、コックをやりながら合気道をやっていた。それで、未知の国、日本へのあこがれもあって、合気道の勉強のためにやって来たのです。二、三年で帰国するつもりでいたのです」という。
「たまたま、あるイタリアレストランのオープンの時に料理を手伝ったら、それを認められてスカウトされたのです。どうしようか、迷ったのですが、高い給料を払ってくれるということで、その店で働くことになりました。そして気がついたら三〇歳を越えていました。三〇歳を越えて帰国してもよい仕事はできないと思って日本で仕事を本格的にやろうと決心したのです」。その決心が「カルミネ」の出店になったわけである。
「カルミネ」を開店してすでに六年、三八歳になる。もう若くないという。「ある時六〇歳のイタリア人がシェフをやっているホテルで食事をしてがっかりした思いがあります。年をとると料理がだめになってしまうのです。だからぼくは少しでも若さを保つように努力しています。なるべく若い人とつきあい、ディコスにもいくようにしているのです。自分が若い時は、時代の流行や、若い人が何を考えているかわかるけれど、この年になると、若い人とつきあわないとわからなくなります」と。
「店をいっぱい出そうとか大企業にしようという気はありません。有名な中華料理店のように三〇年、四〇年経っても変わらない味を提供していきたい。そして、お客さんと友人のようなつきあいをしていきたいのです」。
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一九五五年、イタリア・カラブリア州生まれ。一五歳の時に料理の世界に入る。フィレンツェの「リストランテ・ペートリー」などで腕を磨く。一九七八年、合気道の修業のため来日、八一年に青山の「ビサビ」にスカウトされる。八七年、市ヶ谷に「カルミネ」をオープン。年に二~三回、イタリアに帰る。「イタリア人であることを忘れないため、それにイタリアの家庭料理を勉強するため」。研究心を常にもっている。
文 ・富田 怜次
カメラ・岡安 秀一