食の視点 一点勝負 マグロで満腹(その1)
●明けても暮れても
すしにマグロがなければカッコがつかない。西の魚の王様がタイならば、東はマグロ。人気魚が土地土地であるものの、今やマグロは土地を問わず、年齢を問わず、性別を問わずダントツ人気。テレビのグルメ番組、雑誌のグルメ特集でもすしを扱えば、売上げ、視聴率アップ。マグロの特集でもしようものなら、どこそこのマグロは本物。マグロの解凍方法はこれが正当だ、などと、日本全国かまびすしい。
マグロはおいしい。それでもマグロがもてはやされるようになったのは、戦後。トロ人気はここ二〇年か三〇年のこと。それまでは、マグロはイワシよりも下のランクでしかなく、ましてやトロは猫またぎといわれるくらい人気のない部位だったそうだ。
ネギマだの照り焼きだので庶民の菜として、赤身が細々と食べられていたのが、すしに使われ出してからだろうか、徐々に力を蓄えてきたのは。トロだ大トロだのと言われるようになって、急に高級魚の仲間入りを果たしたマグロ一点に絞り追ってみよう。
●女王登場
数ある魚の中でもナマでよし、焼いても煮ても揚げてもよしという応用範囲の広さで、タイと並ぶ王様と言って決して大袈裟ではない。特に冷凍技術の発達によって、能書きさえ言わなければ、タイよりも気軽に安価に庶民の口に入る点では、タイよりも上だ。タイを王様、マグロを女王とでも言っておこう。
さて、その女王様。浅草の老舗、紀文寿司の当主、関谷文吉氏によれば、「シビ=ホンマグロ」に止どめをさすようで、特に「夏冬のシビはえさも十分に食べ、脂ものり充実して申し分ない」そうだが、目の玉の飛び出る値段では、とても庶民の食べ物ではない。
というわけで、女王様、いやマグロの食べ方としては、すし、刺し身に代表されるナマが知られているし、ナマで食べてこれだけの味わいの深い魚もそう多くはない。ほかにも、ヅケという醤油のたれにつけ込んだもの、ヌタ、鉄火丼・鉄火巻き、たたき、山かけも、ナマのマグロをおいしく食べる方法だ。ナメロウ、茶漬け、しゃぶしゃぶのようにちょっと手を加えたものまで、ナマのマグロの守備範囲は広い。
最近では、カルパチョのようなイタリア料理、中華やタイのサラダのようなエスニックでもナマのマグロが使われて、外国人にも迎えられる一品として、さらに幅を広げている。
●世界の人気者
カルパチョは、牛ヒレの生肉のオードブル。言ってみれば牛肉の刺し身だが、牛肉の代わりにマグロを使うのがミソ。刺し身状に切ったマグロを叩いて薄くのばして皿に並べ、上から、マスタード、レモンの絞り汁、オリーブオイル、塩、コショウを混ぜ合わせたドレッシングをかける簡単な一品。オリーブオイルを香草入りにしたり、クレソンやルコラを加えたりすれば、さらにイタリア色が強くなる。
タイ風のマグロサラダは、タイで人気の春雨をあしらった夏向きのさっぱりしたもの。レモンとナンプラー(タイの醤油)、唐辛子と砂糖のドレッシングとマグロをメーンにタコやイカ、エビなどのナマの魚介類を切り揃え、玉ネギスライスと混ぜ合わせ、サッと熱湯をくぐらせた春雨と和える。春雨の熱気でマグロなどが霜降り状態になったところで、サニーレタスを敷いた皿に移して、ドレッシングをかける。
生の牛肉をミンチで食べるターターステーキも、マグロにできる一品。赤身とトロを三対一で叩き合わせて、玉ネギ、オリーブ、ケッパー、キュウリのピクルス、パセリの刻んだものと、コニャック、ウースターソース、マスタード、タバスコ、コショウ、レモン汁と合わせる。冷たくした皿に平らに盛り付けて、真ん中にウズラの卵を落とす。