特集・カクテル 若手バーテンダーチャンピオンまでの軌跡

1995.08.21 83号 16面

HBA(ホテルバーメンズ協会)の二年に一度の大イベントである第一九回HBAカクテルコンペティションにおいて、スウィート部門、総合部門のタイトルをコンペ初出場でさらった。その作品「プライムステージ」は各方面で話題となり、スウィートカクテルの名作として歴史に刻まれた。「すべて先輩のおかげです」という下迫さんは、自分のサクセスを再現すべく後輩の指導にあたる日々が続いている。

バーテンダーとの出合いは洋画に出てくるバーテンダーのワンシーン。これが高校生だった下迫さんに強い刺激を与えた。「単純に格好いいなあと憧れた。自分もカウンター内の舞台に立ちたい」と、バーテンダーを志す。「人とふれ合うのが好きという性格にも最適」と思ったという。

「バーテンダー以外には就かない」と周囲にいい切って上京。ホテルの入社試験ではバーテンダー希望の一点張りでPRするつもりだった。だが実際は面接者に希望を告げただけで後は世間話だけ、スポーツの話題に終始した。自己PRはそこそこに終わってしまったものの希望通りの採用通知が届く。いまとなれば「世間話で接客の資質を認められたのか‐‐。余計なPRをするよりも良かった」と振り返る。

入社後二年間は店の掃除やグラス、ボトル磨きばかり。シェーカーにさわらせてもくれない。閉店後、先輩の目を盗んではシェーカーを持ち出して練習にはげんだ。練習の場はもっぱら女性トイレ。「女性トイレの三面鏡の前だとあらゆる角度からフォームがチェックできる。先輩のフォームを真似て仲間と練習した」という。

チャンスは三年目にやってきた。新たにオープンしたホテルに多くの先輩たちが移動。晴れてカウンター業務となる。

女性トイレでの独学で自信はあった。だが現実はそう甘くはなく、すべての作業がスムーズにいかない。「シェークやレシピの勉強ばかりしていたので、細かな動作がにぶい。ボトルのフタを取る仕草にしても、他の人と見栄えが著しく劣っていた」。舞台に立つバーテンダーとして失格だと思い知ったという。

それから猛練習が始まる。女性トイレでのシェークに加え、ボトルのフタの開け締め、氷の入れ方と選び方、量と温度の感覚など一つ一つを熱心に取り組んだ。一日の実技練習は二~三時間、あい間を見てはレシピ集とにらみ合う日々が続いた。

ようやく一人前になれたのは六年目。その時、大きなチャンスが舞い込んで来た。第一九回HBAカクテルコンペに出場するホテルの代表選手に選ばれたのだ。

コンペ初出場しかもHBA最大のイベント。数多い先輩をさしおいての出場にためらいも大きい。だが、各地から練習に協力して駆けつけてくれる先輩、ホテルの全面支援に支えられて次第に自信も増して行った。

「いつも叱られてばかりなのに、その時ばかりは皆がおだててくれて気分が盛り上がっていった」

気分が最高潮に達した時点でコンペ出場。頭の中には入賞することよりも、「ホテルの名を背負っての出場。皆の応援を一〇〇%出し切るだけ」だった。演技終了後、張りつめた緊張の糸が途切れ、一気に涙が沸き出したという。納得のいく演技は最高の結果として表れた。

チャンピオンになったことで各方面からひっぱりだこの下迫さんだが、どこへ出ても「タイトルは私が取ったものではなくホテルが取ったもの。私がたまたま表舞台に出ただけです」と必ず前置をする。そしてこれからは、自分を引っぱってくれた先輩の役割を担うべく後輩の指導に熱を上げる日々が続いている。

強過ぎないポリシー、お客商売であることの自覚、自主性が指導の柱だという。自分に対しては、人間性の高揚、酒の勉強が課題だ。「甘えをなくし、酒の相性を知り尽くすことが目標」としている。

バーテンダー、指導者としてさらなる成熱期を迎える下迫さんに寄せる周囲の期待は大きい。今後の成長が楽しみだ。

▽下迫靖文(二七歳)▽ホテルメリディアンパシフィック東京「スカイラウンジ・ブルーパシフィック」▽タイトル=第一九回HBAカクテルコンペティション・スウィート部門優勝、総合優勝▽得意なカクテル=アレキサンダー、マルガリータ▽好きなカクテル=マルガリータ▽趣味=特になし

第一ホテル東京「トラックス」の顔といえるだろう。澤さんに対しては女性バーテンダーというよりも正統派バーテンダーというネームが良く似合う。女性という目新しさを超え、格式の高さを感じさせるからだ。その卓越したテクニックは評価が高く、カクテルへの情熱についても右に出る者はいないといわれる。最近は後輩の指導や店の雰囲気作りに力点を置いている。

澤さんがバーテンダーを志したのは四年前、趣味が高じて職へと化した。アルコールに関心があり入社時はソムリエを希望したのだが辞令はフロント業務に。「趣味でバーテンダースクールに通っていたら新館オープンに伴うバーテンダー採用のニュースが耳に入ってきた」。社外での経験をPRしてチャンスを射止めたわけだ。

それからは猛特訓の日々が続いた。オープン前の一ヵ月間は一日中レシピと実技を勉強。退社後と休日は近隣の日比谷図書館でまた勉強。それを終えるとホテルや街場のバーでまたまた勉強。いまもなお続くこの“またまた勉強法”は、二杯ずつ四軒をハシゴ酒することで、澤さんが最も得意とする科目だという。澤さんは本当にカクテル大好き人間なのだ。

順調に練習を終えてオープンを迎えるが、いざスタートしてみると失敗の連続。客の好みが一人ひとり異なり対応がままならない。カウンターに立つことに恐怖を覚えたという。「机上の勉強も大切だがそれ以上に現場で学ぶことが多く、またそれが一番大事であることに気付いた」と振り返る。

その後、コミュニケーションで相手の好みを察知することに注力したり、カウンターを舞台と自覚して雰囲気を演出する細かな仕草を追求、例えば灰皿一つを出す姿勢や手つきについてもこだわりを徹底した。持ち前の情熱で常連客は急増、軌道に乗ったいまは同店の顔として活躍している。

後輩育成の立場となったいまも初心とかわらず勉強熱心だ。「カクテルに関するあらゆる本を読破して、わからないところを大先輩に聞いて困らせることが趣味(?)。でもすんなり答えられてしまうことが多いのでまだまだ勉強不足です」と実力とは裏腹に謙虚な姿勢だ。

澤さんの今後の目標は店の個性化を図ること。「どこへ行っても似たようなバーが多い。もっといろいろなスタイルのバーがあってもいいと思う」。

まさにカクテル一色の澤さんである。今後の活躍に期待したい。

二三歳、シェーカーを握り始めてわずか一年余りで、’95HBAカクテルコンペの二部門のタイトルを獲得、シンデレラ的に名乗りを挙げた。最近のバーテンダー業界における女性旋風の象徴である。「憧れのバーテンダーになりたくて在学中から足繁くホテルのバーに通った」という一途な情熱と、女性ならではのまじめな姿勢は月日を追うごとに増すばかり。「カウンターというステージに立つ時が一番楽しい」という伸び盛りのニューフェースに対し、周りから将来を期待する声が集まっている。

有我さんとバーテンダーの出合いはホテル専門学校在学時に逆上る。京王プラザホテルの宴会場でアルバイトをしていた時、お茶の仕度の用事でバーに立ち寄る機会があった。シェーカーを握っていたのは、時のHBAカクテルコンペのチャンプ寺村氏。「あまりの格好の良さに目を奪われた。ホテルの仕事を漠然と希望した自分が、初めて目指すべき方向を見つけた」という。以来、ホテルのバーにバーテンダーの姿を眺めに行く日々が続く。

全日空ホテル就職後、希望通りとはいかず、ロビーラウンジの喫茶業務に携わる。バーではないが一応は望みのカウンター業務だ。「コーヒー、紅茶、ジュース、アルコール、ケーキ、アイスなど扱うメニューは種々雑多。メニューによって一番おいしい温度帯が微妙に異なる。温度管理がいかに大切かをここで覚えた」。

この経験が後のバーテンダー業務に生かされている。度数の強弱、味覚により最適の温度帯があり、それを自由自在に作るのがシェーキングのテクニックだという。

バーテンダーになるチャンスは一年半後。先輩の女性バーテンダーがコンペに入賞したことを機会に、ホテルが女性バーテンダー登用の方針を打ち出したのだ。有我さんは数多い志願者のなかから選ばれて晴れてバーテンダー業務に。だがそこからが苦労の始まり。ホテルの方針は盗んで技術を覚えろという方針。手取り足取りの生易しい物ではなく、体で覚えろというやり方だ。オーダーの多いカクテル作りから始め、暇を見つけてはレシピ、シェークの勉強。実戦と勉強の繰り返しが続く。「シェークの練習は多い時で一日三時間。家に帰っても寝つけない時はマンションのエレベーターの扉(鏡になっている)で何度もフォームをチェックした。苦情がきましたけど‐‐」

こうした努力が実り見事栄冠を手に入れた。だが若さゆえの一面もある。「外人客がJ&Bの水割といったのをジン&ウイスキーと聞き間違えて、おかしいなと思いながらも作ってしまった」。そそっかしさをなくさなければという。

憧れが現実となった有我さんのこれからの目標は女性客の吸引だ。「男性的ないままでのバーのイメージを女性が気軽に入れるように和らげたい。そしてカクテルの魅力をもっと楽しんでもらいたい」という。女性バーテンダーは男性から珍しがられたり、年配の人だと娘と同一視されたりして、図らずも人気が出る。有我さんの真価は男性客よりも女性客がキーワードといえそうだ。

「バーテンダーは技術職でありサービス職。お客のすべてを面倒見れるのでやりがいがある」という入社時の動機を現実のものとしてかみしめている有我さんの今後が楽しみだ。

▽有我容子(二三歳)▽東京全日空ホテル「ヴァンヴェール」▽タイトル=’95HBAカクテルコンペティション・タンカレースペシャルドライジン部門優賞、最優秀技術賞▽得意なカクテル=マルガリータ▽好きなカクテル=マルガリータ▽趣味=バイク

▽澤千絵子(二七歳)▽第一ホテル東京「カフェバー・トラックス」▽タイトル=’94サントリー・ザ・カクテルコンペティション・リキュール部門優勝▽得意なカクテル=ジンフィーズ▽好きなカクテル=ミントジュレップ▽趣味=飲み歩き

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