ニュースタイルフレンチクッキング クロード・トロワグロ氏に聞く
CLAUDE TROISGROS(クロード・トロワグロ)=一九五六年、フランス・リヨン生まれ。ヌーベルキュイジーヌの立役者、ピエール・トロワグロを父とし、ジャン・トロワグロを叔父とする料理界のサラブレッド。八歳でポール・ボキューズのレストランと契約。トーン・レ・バン・ホテル学校を卒業後、ロンドン、ミュンヘンなど欧州の各地で腕を振るう。
旅好きな性格で、若いころは車にキッチンを乗せて各地の素材を食べ歩いたという。その旅好きが高じて二三歳の時一気にブラジルへ移住。陽気な国柄に引かれ一五年間をブラジルで過ごす。そこで手がけたフレンチ・レストランではパッションフルーツ、タロ、ユカ、キャッサバ、チリペッパーなど、南米産の食材やスパイスを積極的に活用し、ブラジリアン・フレンチ・クッキングを確立。クロス・カルチュアル・キュイジーヌに先べんをつける。
若いころからの旺盛な冒険心は、衰えるどころか研ぎ澄まされる一方だ。その冒険心の欲求を満たすべく、昨年、人種のるつぼニューヨークに移住。「C・T」をオープン。各地の文化が入り交じるニューヨークで、新たなクロス・カルチュアル・キュイジーヌを模索する日々が続く。
‐‐あなたのフレンチはとてもユニークに見えます。世界各地の素材や料理法を巧みに取り入れ、従来のフレンチにない独創的なメニューを次々と打ち出しています。あなたの料理哲学と、それに至る経緯を聞かせて下さい。
トロワグロ その場で入手できる最高の素材を選び、持てる限りのテクニックと創造力でその素材の魅力を十分に引き出す。そのためには従来の定石にこだわらない。これが私の料理哲学です。若いころからの旅の積み重ねにより確立された哲学ですが、なかでもブラジルでの一五年間の経験が大きく影響しています。
一七歳までパリで働き、その後ロンドン、アイルランド、ドイツなどの欧州を転々として料理の見聞を広げました。そしてブラジルに渡り初めて自らのフレンチ・レストランを手掛けたのですが、ここでの経験が料理人としての大きな岐路となりました。
当時のブラジルではフレンチに必要な素材を見つけるのが困難で、フランスからの輸入による冷凍食材に頼らざるを得ませんでした。冷凍素材に嫌気がさしていた時、ブラジルならではの新鮮な素材が目に付きました。フレンチには前例がない素材なのですが、幾度と市場に通ううち、徐々にそれらの素材の素晴らしさに引かれ、「これを生かした料理を作りたい」という気持ちが募り始めたのです。この時の経験がいまの創造力の源なのです。
もち論、私のベースにあるのはいまでもフレンチです。しかし、最近は自分自身の経験や、私にとって新しい料理である日本料理、中華、イタリアなどの素材やテクニックを取り入れ、私なりのアレンジでニュースタイルのフレンチを打ち出しているつもりです。
こうした異質のものをフレンチに生かす新しいスタイルは、二〇年、三〇年前だったら難しいことだったでしょうが、今では、そうしたものを受け入れる土壌も広がりつつあります。特に、今住んでいるニューヨークは、さまざまなクッキングスタイルや素材、そして民族があふれ、新しい料理を生み出すには、うってつけの場所と言えるでしょう。要するに、土地柄や伝統を重んじるよりも、その場で入手可能な最高の素材を持てる限りの手法と創造力で料理することが大切なのです。
‐‐ニューヨークの一流といわれるいくつかのレストランを回って疑問を感じました。ニューヨーク・クッキングとフレンチ・クッキングは具体的にどこがどう違うのでしょうか。
トロワグロ ニューヨークには、ハンバーガーやイタリアン・フレンチ、アジアン・フレンチといったさまざまな料理スタイルがあります。ただ、ニューヨークの一流シェフと呼ばれる人たちはフランスでじかに料理を学ぶか、フランス帰りのチャールズ・パルマーデービッド・ビューレーとかダン・カリチュアーのような人々から学んでいるから、ニューヨーク・クッキングのベースはフレンチだと言えるでしょう。
ここ二、三年、ニューヨーク・フュージョン・キュイジーヌが取り沙汰されていますが、これはいろいろな素材がミックスされたり、新しい手法が出てフランスのヌーベル・キュイジーヌのころに良く似ています。アメリカも、二、三年でこうしたフュージョンスタイルは終わり、良いものだけが残り悪いものは淘汰されていくと思います。
アイデアは豊富なのですが無節操な組み合わせが多すぎるのです。チキンとチョコレートを組み合わせた過激なものとか(笑い)、素材と素材には相性があり、スタイルや素材のミックスには限界があることをもっと学ぶべきですね。
‐‐それでは、現在のニューヨークの料理、またシェフの良い点、悪い点について聞かせてください。
トロワグロ ニューヨークという街は、クリエーティブでオープンマインドだから、フランスのヌーベル・キュイジーヌのように、新しい流れを生み出しやすいところと言えます。各国の素材やテクニックなどを巧みに取り入れ、さらにハイクオリティーなものを作り出す。そしてそのクオリティーが確かなものであれば、素直にユーザーが受け入れる。
ここでは伝統や格式にとらわれることがなく、誰もが自由な発想で平等な土壌で勝負できる。ハイクオリティーであれば別に中華だって日本料理だって南アメリカ料理だっていいわけです。こうした環境のなかで、グッドシェフはグッドジョブをしているのです。私もそれを実践しています。
ただニューヨーク・クッキングの悪い点としては、行き過ぎがあることでしょうか。先ほども話したとおり、チキンとチョコレートの組み合わせのように、やり過ぎはだめです。ニューヨーク・クッキングの良い点と悪い点は、紙一重。オープンマインドそしてクリエーティブで新しいスタイルを生み出すのは良いが、それ以上の行き過ぎはいけないということです。
‐‐ニューヨークでは、「ゴッサム・バー&グリル」のアルフレッド・ポーテールシェフを手本に、アーキテクチュアル・スタイル(14面に関連記事)のメニューを打ち出すシェフが増えていますが、それについてはいかがですか。
トロワグロ 彼は私の父(ピエール・トロワグロ氏)のレストランで働いていたから、よく知っていますが、彼の料理のベースになっているものは、フレンチそのものです。彼は味で新しいものを作り出そうとしているのでなく、スタイルとしてニューヨークらしいものをつくりたいのだと思います。
彼のプレゼンテーション(盛り付け)はアーキテクチュアル・キュイジーヌともてはやされ、ニューヨークスタイルの代名詞とさえ言われています。しかし彼のベースにあるのはフレンチ・クッキングそのものです。例えば、彼のつくるブイヤベース、あれは南フランスの伝統的なスタイルです。ほかにもトラディショナル・フレンチに即したメニューがたくさんあります。
いずれも見かけは、高く盛り上げたタワーのようにというか、アークチュアルという感じですが。結局ニューヨーク・スタイルというのはプレゼンテーションのことを指すのでしょう。料理そのものには、あまり関係のないことです。
最近、ベースが固まらないうちにポーテールのプレゼンテーションばかりをまねするシェフが目立ちますが、それらはすぐに淘汰されるでしょう。アーキテクチュアルのようなプレゼンテーションは、ポーテールのようにベースのあるグッドシェフが手掛けてこそ意味があるのです。そこで初めてニューヨーク・クッキングの一つとして定着するのです。見た目だけをまねても長続きしないでしょう。
‐‐それでは、ニューヨーク・スタイルのグッドシェフと呼ばれる人たちは、フレンチベースにのっとっているのですか。
トロワグロ 私の知っているグッドシェフ、たとえば、アルフレッド・ポーテール、タンバドム・コリチュア、デービッド・ビューレーなど、よく知られているニューヨークのシェフの手法はフレンチベースにのっとったものですね。フレンチベース以外のグッドシェフを知らないし、サンフランシスコとか西のほうはあまり知らないから何とも言えませんが、もしかして、メキシカン・スタイルを取り入れたグッドシェフがいるかもしれませんね。
‐‐その他、日本の三國清三がコンテンポラリーフレンチというふれこみで、新しいフレンチを創作していますが、それについてはいかがでしょうか。
トロワグロ 彼は、私の良い友達であり、世界でも超一流のフレンチシェフの一人と思っています。日本に行ったときは、必ず彼に会うし、料理をしているところを見に行ったりもしているほどです。彼は東京、私はニューヨーク、別々の土地でフレンチを手掛けていますが料理に対する考え方はお互い共通するはずです。すなわち、その場にある最高の素材、持てる限りのテクニックを駆使して料理に打ち込むこと、従来の常識にあまりこだわらないことです。
彼は日本独自の素材と独特のテクニックを巧みに使ってオリジナル・フレンチを構築しています。その仕上がりは素晴らしいですね。彼は、フレンチの伝統的料理を作っているのでもなく、日本料理を作っているわけでもない。日本独特のバックグランドをもってニュースタイルのフレンチを作っているのです。これがコンテンポラリーなんだと思います。
‐‐そうしたさまざまな流れの中、ニューヨーク・キュイジーヌによるニューヨーク・クッキングは、確立されると思いますか。
トロワグロ ニューヨーク・キュイジーヌなんてものは、結局存在しないんじゃないでしょうか。ニューヨークは、ヤングシティーでベースになるものがない。ニューヨーク・キュイジーヌと呼べるのは、ハンバーガーだけで(笑い)、それを越えたらニューヨーク・フレンチとかイタリアン・フレンチ、中華ベース。あとは、その他ミックスだけでしょうね。
日本、中華、イタリア、フレンチなどのテクニックや素材を取り入れるだけであって、スタイルとして確立されるものではありません。ニューヨーク・クッキングは、いつもそういったものが集まって変わり続けるものと思う。アメリカの社会のように、いろいろな文化が集まっているだけで、歴史的積み重ねによる独特のスタイルがないですからね。
‐‐ニューヨーク・キュイジーヌというのは、アメリカ社会のようにさまざまな文化がミックスして、新しいものを生み続けるということですね。
トロワグロ そうです。日本やフランスには独特の伝統があり、それを守ろうとするマインドがある。だがアメリカにはそれがない。
‐‐いつも変わり続けるニューヨーク・クッキングが、世界をリードする時代が来ると思いますか。
トロワグロ きっとないでしょうね。ありえないですよ。世界の三大料理はフレンチ、中華、イタリアンであり、ほとんどのテクニックはそこから派生しています。日本には日本料理がありますが、世界的に受け入れられているわけではありません。ブラジリアン、インディアンも同じです。
しかし、料理の根底にあるものは伝統であり、日本でも伝統があるからこそフレンチ・スタイルを取り入れ、新しいものを作り出しているのです。伝統がないというのは、まったく何もないのと同じで、ベースのスタイルがあってこそ、初めて新しいスタイルが生まれるのだと思います。
‐‐これからを期待しています。ありがとうございました。













