アメリカに広がるUMAMI 外食産業の新たなビジネストレンドに
アメリカで脚光を浴び始めた「うま味」。英語でも、そのまま“UMAMI”という。アメリカ人にとって新しいコンセプトであるから、「甘味、酸味、辛味、苦味に加えた、第五の風味豊かな味覚」といってもなかなか把握しきれないので、ほとんどの場合、さらに具体的な説明を加えなければならない。ウェブスター辞書によると、英語圏では1979年に初めて使われた言葉だという。
だが、UMAMIといわれてもピンとこない人でも、うま味の成分の一つ、MSG(グルタミン酸ナトリウム)なら、「体に悪い」という根強い偏見があることで知っている。中国料理店に行くと、わざわざ「MSGを入れないでくれ」と断って注文する人も多く、店の中には、先手を打って「当店はMSG不使用」と掲げる店もある。
古い偏見と新しい概念の戸惑い。が、常に新しい突破口を模索している外食産業にとって、めったとない足掛かりでもあり、UMAMIをうたってビジネスを展開する料理人も増えてきている。(外海君子)
●根拠なきMSGへの不信感が定着
思い起こせば、ハーバードのビジネススクール出身の金融業界で働くインテリが、「MSGを含んだ料理を食べると、頭痛はするし、心臓がバクバクするし、ろくなことがない」と言い切っているのを聞いたことがある。アメリカ人の間に根強いこのMSG不信感。いったいこの偏見はどこから生まれたのだろう。
そもそもは、今年1月に亡くなったロバート・ホー・マン・クオック医師という人物にさかのぼる。クオック医師は、中国料理屋に行くと、動悸(どうき)やしびれ、倦怠(けんたい)感などの一連の症状に見舞われたらしい。MSGが中国料理には使われていることから、1968年、これら一連の症状はMSGによって引き起こされると推定し、「チャイニーズ・レストラン・シンドローム」と称して、「ニューイングランド・ジャーナル・オブ・メディソン」誌に投稿した。翌年、これが「サイエンス」誌に掲載されると、アメリカ中にMSGへの懸念が広がった。以来、ほぼ半世紀にわたりチャイニーズ・レストラン・シンドロームがまことしやかに伝えられ、信じられることになったのだ。
MSGに関しては多くの研究がなされ、FDA(食品医薬品局)も一般的に安全としている。米国実験生物学会連合も、チャイニーズ・レストラン・シンドロームといわれる症候群とMSGの関連性を裏付ける証拠はないとし、少数の人に、短い間、頭痛やほてり、発汗、動悸、吐き気、倦怠感といった症状が現れたとしても、特に手当てが必要なわけではないとしている。が、いったん根付いてしまった疑惑を解消するのは難しく、なかなか払拭しきれないまま、今に至っている。
●科学的に証明された「第五の味覚」
一方、「うま味」については、長い間、蚊帳の外に置かれていたが、徐々に周知され、受け入れられつつある。アメリカ人にとって、よく定義しきれないうま味を受け入れる突破口になったのは、2000年、膝元のマイアミ大学の研究チームによって、うま味を感じるレセプターが発見されたことにある。科学的な裏付けによって証明されたからには、第五の味覚として受け入れざるを得ない。1908年に東京帝国大学教授の池田菊苗が発見してから国際的に認められるようになるのに、約100年を要したわけだ。
うま味は、英語には匹敵する言葉がなく、日本語をそのまま借用して、UMAMIとして食関連業界に広まっていった。実は、西洋の料理人たちの間でも、定義しきれなかったものの、以前から何かがあると感じられてはいたらしい。
●CIAやJROも認知普及後押し
アメリカ最高峰の調理師学校、CIA(The Culinary Institute of America/ザ・カリナリー・インスティテュート・オブ・アメリカ)でも、基本プログラムでうま味を教えるようになった。料理人たちは、「Mouthwatering(よだれの出そうな)」「pleasant aftertaste(心地よい後味)」「tongue coating sensation(舌を包み込むような感覚)」(JRO“UMAMI”資料より)といった表現でうま味を定義付けている。フードネットワークでは、deliciousness(うまさ)としている。
2008年には、シカゴで全米レストラン協会や食品メーカー協会が「栄養の基礎-塩分と健康な味覚」というテーマのセミナーを開催、「第五の味覚=うま味で料理」の著者、デイヴィッド・カサビアン氏が、うま味について講演した。
JRO(日本食レストラン海外普及推進機構)も、積極的にうま味の周知活動を行っている。
今年3月に、ニューヨークで開かれたインターナショナル・レストラン&フードサービス・ショーでは、うま味をテーマにしたパビリオンを設けた。同レストラン・ショーでうま味パビリオンを開催するのは、今年で実に8年目だ。
パビリオンでは、味の素による「うま味」についてのレクチャーや、日米シェフによるうま味を引き出す料理の実演などが行われた。うま味を分かりやすく説明した資料も配布され、うま味レシピのコンテストでは、上位3位の入賞者には、日本食文化を実体験できる日本への旅行が贈られた。
また、日本うま味調味料協会の支援で設立されたNPO法人、「うま味インフォメーションセンター」でも、うま味についての啓発活動をグローバルに行っている。昨年に続き今年も、CIAで、外食産業の将来の精鋭たちに向けて、うま味の特別セミナーを行っている。
こうしたもろもろの周知活動が功を奏して、現在では、食関連の仕事についている人ならば、うま味について何らかの知識を持つようになった、といっていいだろう。
●「新しい味覚」を歓迎する外食産業
最近では、うま味の知識は、一般にも広がりつつある。NYタイムズやウォールストリートジャーナルなどの一般向けのメディアも、うま味を紹介する記事を次々に掲載している。また、うま味に関する専門的な本だけでなく、実用的な料理本も出版されている。テレビのフードネットワークでは、4人のシェフを日本に派遣、うま味を引き立たせる料理に挑戦させて一人ずつふるいにかけていく「アイアン・シェフ」番組を放映した。
しかし、うま味に関わらず、何にしても、なじみのない新しい概念を掌握するのには戸惑いもあるし、時間もかかる。「実体のない流行語か」という受け止め方をする人もいるが、新しいものは新しい道を開く。外食産業は、この「新しい味覚」に反応し始めている。
●ウマミバーガーのチェーン化本腰
うま味を満喫できるハンバーガーを開発したアダム・フレイシュマンは、大学卒業後に出かけたブルゴーニュでワインに魅せられ、以来、ワイン一筋で仕事をしてきて、ロサンゼルスでワインバーを経営していたが、ワインのおかげで味覚が研ぎ澄まされ、やがてうま味と出合う。
あるファストフード店でハンバーガーを食べていたとき、フレイシュマンは、なぜハンバーガーとピザがこれほどポピュラーなのだろうと考えイギリス人シェフのブログで読んだ「うま味」というコンセプトが浮かび上がった。このとき、フレイシュマンは、アメリカの国民食、ハンバーガーにうま味を加えればいけるのではないか、とひらめいたという。
そこで、フレイシュマンは、日本食料品店に出向き、海苔、味噌、フィッシュソース、醤油、チーズ、干し魚などうま味成分が豊富な食品を買い占め、ブレンダーで調合、1ヵ月かけてうま味ソースを作り上げ、やがて、このソースを使ってうま味をたっぷり味わえるハンバーガーを開発した。
2009年、ロサンゼルスでこの新しいハンバーガーを提供する「ウマミバーガー(Umami Burger)」第1号店をオープン。ウマミレストラングループを率いて、これまでにサンフランシスコ、フロリダのマイアミビーチなどに22店舗展開、2014年中にもう10店舗をオープンさせる予定だ。ニューヨーク店は去年開店したが、開店前からニューヨーク・タイムズで「待ちに待ったウマミバーガー、いよいよニューヨーク上陸」という記事が出るほど関心が高かった。
さて、そのウマミバーガーとは、粗くミンチにした牛肉6オンスにうま味ソースとうま味ダストを混ぜたパティを焼き、パルメザンチーズのクリスプ、椎茸、ひと晩かけてゆっくりローストしたトマト、あめ色になるまで炒めた玉ネギ、うま味ケチャップと一緒にパンに挟むという、うま味ざんまいのハンバーガーだ。ニューヨーク店では、1個12ドル。手をかけているだけあって、高めの値段設定だ。
フレイシュマンは、ウマミバーガーで成功をおさめると、うま味コンセプトを起爆剤にビジネスを展開。うま味マスターソースやうま味ケチャップ、うま味スプレー、うま味ダストなど一連のうま味調味料も開発、一般向けに販売している。
●セレブなうま味ビジネス続々登場
うま味ブームにあずかって、うま味調味料を開発するシェフはほかにもいる。たとえば、イタリア料理シェフのローラ・サンティアーニ。オリーブ、ビネガー、マッシュルーム、チーズやスパイスを加えたトマトベースの「ウマミペースト#5」をクリエートした。マリリン・モンローの愛した香水、シャネルの5番にあずかったおしゃれな仕様だ。
うま味に注目するセレブ・シェフは、デイヴィッド・バーク、マイケル・アンソニー、へストン・ブルーメンタルなど、数多い。
さらに、うま味はほかの業界にも飛び火し、イギリスの航空会社、ブリティッシュ・エアウェイズは、リサーチした結果、極端に乾燥した高空フライト中の機内でもうま味は影響されずにそのまま持続されることが判明、うま味をパワーアップした機内食を始めた。
●ミステリアスなニューコンセプト
徐々に浸透しつつある、古くて新しい味覚「UMAMI」。アメリカにおけるうま味は、今のところは、まだMSGに偏見があることから、MSGとは切り離して歩もうとしているようだ。フレイシュマンやサンティアーニのうま味調味料の新製品も、MSGは使っていないとしている。
しかしながら、次から次へと新しいものを求めてやまないアメリカの外食産業にとって、よく分かるような分からないような、ミステリアスな、新しいコンセプトのうま味は、格好の素材だ。うま味を取り入れることで塩分を減らすことができるといったメリットもある。
ビジネスチャンスととらえたシェフたちが、シカゴで、オースティンで、うま味をテーマにしてレストランもオープンさせている。いずれは、うま味がチャイニーズ・レストラン・シンドロームを解消するきっかけになるかもしれない。
(敬称略)