トップインタビュー:WDI・清水謙社長
日本の外食文化発展の歴史を語るに欠かせないのが(株)WDIの存在だ。外食産業黎明期の1970年代から「トニーローマ」などの優れた海外業態を輸入、他のチェーン展開とは異なるスタイルで、今も揺るぎないブランドを築き上げてきた。チェーン展開の業態が軒並み失速しつつある中、WDI独自のブランドマネジメント力には、これからの時代において、外食産業で生き抜くためのヒントが多く隠されている。清水謙社長に聞いた。
–「トニーローマ」「ハードロックカフェ」といった海外レストランを輸入展開し、そして「カプリチョーザ」を100店舗超の大型チェーンブランドまでに育て上げ、さらには海外に展開のエリアを広げるなど、華々しい歴史を持っています。
清水 おかげさまで弊社では17業態、国内外合わせて194店舗を展開しています(08年11月現在、海外店舗含む)。業態はさまざまですが、創業以来30年以上にわたって実業本位を貫き、「ホスピタリティー」と「本物志向」を武器にして成長してきました。時代・業態が違っても「お客さまに提供する価値」は変えないという姿勢が、お客さまからの支持につながっていると考えています。
–「お客さまに提供する価値」とは具体的にどのようなものであるとお考えですか?
清水 料理や店の雰囲気づくりなどすべてにおいて「本物志向」を貫いています。各店のキッチンでソースをはじめすべて原材料から自分たちで作る。加工品や半調理品などは使いません。味付けもボリュームも基本的に本店と同じです。
他社において海外ブランドを展開している店では、メニューも味や量を日本人仕様にしてしまっているところもありますが、それでは店のブランド価値が下がってしまいます。われわれは、お客さまに海外の本店で食事をしているような気分を味わってほしいのです。
お客さまに「今日は一夜限りの海外旅行をしたような気分だよ」と言っていただくのが、最高の褒め言葉なのです。
–それは「イル・ムリーノ ニューヨーク」のようなファイン業態でも、「カプリチョーザ」のようなカジュアル業態でも同じなのでしょうか?
清水 同じです。例えば「グランド・セントラル・オイスター・バー&レストラン」では、われわれは当初、客単価4500円程度を想定していましたが、実際はもっと高いものとなりました。調べてみると、普段は高級レストランでお食事をなさっているようなお客さまに気軽に使っていただいていることがわかりました。
普段は食事に1万円くらい使っているお客さまが、この店では5000円で同じ価値を見いだしてくださっている。そこにわれわれの「価値」勝負のポイントがあるのです。「カプリチョーザ」も同様で、1500円でそれ以上の価値をいかに提供できるかがポイントです。
これは料理だけの勝負ではありません。お客さまが店に足を踏み入れた瞬間からいかに価値をストーリーとして提供できるか、感じていただけるか、なのです。われわれの考える「ホスピタリティー」とは、そういう意味です。どんなときもフォーカスすべきはお客さまと接する現場なのです。
–「ホスピタリティー」の実現については、特別な人材教育などをされているのですか?
清水 われわれは「教育」という言葉は使いません。上からの目線でスキルやキャリアを押しつけるようなことはしていませんから。むしろ現場のスタッフが、生き生きと働くことができ、思い描くキャリアを実現するための「サポート」と考えています。
彼らのキャリアデザインを後押しするためのさまざまな施策に、年間売上げの1.4%程度を投資しています。もちろん給与などの人件費を除いた額ですから、業界ではトップクラスの充実度だと自負しています。
外食産業の一般的な離職率は20%後半から30%ぐらいといわれますが、弊社は約18%という水準です。この離職率の低さが、効果を物語っていると、考えます。
さまざまなキャリアを実現できます。いろいろなカテゴリーの業態を経験できますし、海外にだって挑戦できる。マルチブランド戦略、海外展開のメリットはさまざまありますが、一番のメリットは現場のスタッフに一つの会社では得られないはずのバラエティーを提供できることではないでしょうか。
–この時期に厳しくありませんか?
清水 「お客さまへの価値の提供」と「現場で頑張っている人に対する投資」の姿勢を変えることはありません。世界的な不況に突入した今、多少の修正は必要かもしれません。しかし一層厳しくなる競争の時代に、自分の思い描いたキャリアを自分で勝ちとっていくんだという姿勢を強めていかなければいけないと感じています。時代は変革のスピードを上げてきていますので、それを実行しないと生き残っていけません。
特に日本は人口が減少しつつあるうえに供給過多な状況で、大きな成長は期待できない。しかし、競争が厳しいからこそ工夫するチャンスがあり、勝ち抜く力が備わる。そこで蓄えたノウハウは海外でも活用していけます。
–海外展開の方は?
清水 ここ5、6年アメリカを中心とした海外展開に力を入れてきましたが、今はこの世界的な不況の行方を見極めなければなりません。すでにヨーロッパ展開をにらんだ現地法人を設立し、アジア圏でもフランチャイズ展開を主に進めているところです。
今は国内外問わず我慢の時期です。とくにここ2、3年はそうなるでしょう。その後の成長を視野に入れて蓄えを潤沢にしておこうと考えています。
–第2の「カプリチョーザ」を狙う業態はありますか?
清水 これから力を入れていく業態に自社開発ブランド「ストーンバーグ」があります。100%ビーフの石焼きハンバーグで、お客さまの支持が高い。フランチャイズ展開への準備も整えています。
◆プロフィール
しみず・けん=1968年東京都出身。(株)WDI創業者である清水洋二氏の二男として生まれる。幼少時には1号店のテープカット役を務めたエピソードも。学生時代から父の事業に関心を深めつつも、大学卒業後はさくら銀行(現三井住友銀行)に入社。その後、1998年(株)WDIに入社し、2003年4月代表取締役に就任。現場主義を徹底させた事業体質の強化を図る一方、海外展開を積極的に行い、WDI第2の成長路線を進めている。
◆企業メモ
(株)WDI(本社所在地=東京都港区六本木5-5-1、ロアビル8・9階)設立=1954年4月/資本金=5億8,558万円/従業員数=3,182人(社員532人・パート2,650人)※2008年11月末時点/ストアブランド=「カプリチョーザ」「トニーローマ」など全197店舗/公式サイト=http://www.wdi.co.jp/
◆事業内容
「ダイニングカルチャーで世界をつなぐ」を企業理念とし、「トニーローマ」「ハードロックカフェ」など海外の優れた業態の輸入展開、オリジナル業態のレストランを展開する。外食産業黎明期の1972年に出店し、1980年からは海外展開も行い、1991年レストランウエディング事業をスタート。日本での外食文化発展のイノベーターとして、先駆的な事業をすすめている。2006年ジャスダック株式市場に上場。