ニューヨーク通信 外食ビジネスの新発想(4)泥コーヒー「マッドトラック」
アーチストや若者がたむろする界隈、イーストビレッジに派手なオレンジ色のトラックがある。派手なロック・ミュージックを流し、かなり目立つ存在だ。地下鉄のアスタープレイス駅を出た所にあり、地の利もあって、矢継ぎ早に人がやって来てはコーヒーを買っていく。そのコーヒー店の名は、改造車両で移動販売する「マッドトラック」。オーナーは、ミュージシャンのグレッグ・ノースロップさん。グレッグさんいわく、「マッド(泥)」のコーヒーは、「反体制のコーヒー」だ。(外海君子)
マッドトラックのコーヒーは、香り高く、コクがあってまろやかで、確かにおいしい。ファンがいるのもうなずける。3種の豆をブレンドして、グレッグさんが1年がかりで作り上げた、手塩にかけたコーヒーだ。
「酸味や苦みをなくし、深みとナチュラルな甘さを備えた複雑なブレンドを目指した」とグレッグさんは言う。
中古のトラックを改造した費用は7万ドル。しかし、家賃はいらない。
オレンジの派手なトラックが、グリーンのロゴを掲げた有名チェーン店の間に割り込んで、行動を開始したのは2001年3月だ。最初は、近くでコーヒーを売る屋台のオーナーから苦情が出た。そのたびにノースロップさんは、「我々のライバルはあなたがたでなくて、スターバックスだ」と、周りを囲むグリーンのロゴを指してきた。
ちなみに、ニューヨークのスターバックスの値段は、普通、小さいトールが税込みで約1ドル80セント。周囲の八百屋やスーパーでは、1杯80セント前後でコーヒーが買える。
しかし、それらと比べたマッドトラックの品質と値打ち感は別格。立地が便利な上、コクのあるおいしいコーヒーを1ドル札1枚でたっぷり楽しめる。人気が高いのも当然だ。通行人はそのかぐわしい香りとロック音楽に吸い寄せられていく。
開店後1ヵ月とたたないうちに、ニューヨーク・タイムズ、タイムアウトなどのメディアに次々に取り上げられ、映画の背景にも頻繁に出るようになった。今や、オレンジのトラックは、イーストビレッジの風物詩にさえなっている。
「うちのお客は、独立した自由な人々だ」とグレッグさんは言う。「スケートボードに乗ったまま、自転車に乗ったままで買える。わざわざ降りる必要はない。暑いときは、カジュアルにショートパンツ姿のまま立ち寄える」
店子は、若いパンク風の若者たち。気さくで明るく溌剌と立ち回っている。同店で販売するペストリー類は、2003年にイーストビレッジにオープンしたカフェ、「マッド・スポット」のシェフが2時間ごとに焼く作りたてだ。
ウォール・ストリートにもう1台同様のトラックを出しているが、こちらは午後になるとユニオン・スクエアに移動する。今後さらに台数を増やしていく予定だ。
ちなみに、マッドトラックは貸し切りも可能。マンハッタン内であれば、ロケーション料150ドルで駆けつけ、2人のスタッフがコーヒー、エスプレッソ、カプチーノ、ラテ、紅茶各種のドリンクを提供する。サービス料の2時間分550ドルを払えば、貸し切ることもできる。2時間以上は1時間につき150ドルだ。いろいろなイベントに利用されており、2006年のファッション・ウイークでは、デザイナーのヨージ・ヤマモト氏の打ち上げパーティーにも動員された。
ニューヨークでは、連日、あちこちで映画やTVドラマの撮影が行われているが、マッドトラックは、ロケのケータリングにすこぶる都合よく、ほぼ毎日借り出されている。ちなみに最近の映画ロケ中、ジム・キャリーはモカ・カプチーノ、ケート・ウィンストレットはチャイ・ラテ、クリステン・ダンストはペパーミントリーフ・ティーを飲んだという。
●事業データ
店舗名=マッドトラック(Mudtruck)/所在地=地下鉄Astor Place駅、New York、NY /開業日=2001年3月/営業時間=月~金午前7時~午後5時、土午前10時~午後7時、日曜閉店/坪数=トラックの内側 8フィート×10フィート×8フィート/客単価=3~6ドル/1日来店客数=500~700人/スタッフ数=ラッシュ時〈午前〉2人、ノーマル時1人