企業レポート:牛角、V字回復の兆し オーダーバイキング導入がけん引

2007.10.01 334号 18面

業界では急速な拡大の反動で業績が低迷していると思われていた「牛角」チェーンが、地域本部アスラポート・ダイニングの管轄エリアにおいて、既存店ベースで大幅に売上げ前年対比をクリアしていることが分かった。大幅なリニューアルなどもなく。この時期に業績を回復した牛角の秘密を探る。

将来、近年の外食シーンを振り返って見たとき、必ず外食史に残るであろうビッグネームのひとつが牛角であるに違いない。

1996年に東京・三軒茶屋でスタートした牛角は、従来の焼き肉業態をカジュアルな居酒屋のスタイルにリファインし、まったく新しい焼き肉マーケットを切り開いて大きな成功を収めた。牛角のフランチャイズ事業がスタートから約5年で500店舗という急拡大を見せたことは、まだ業界関係者の記憶に新しい。

しかし、その牛角が近年、業績の低迷を続けてきたこともまた業界では周知の事実だ。外食市場の縮小傾向にBSE問題が追い打ちをかけ、業界でも「急速拡大の反動による業態の陳腐化」などと報道された。

実はその牛角がひそかに再生を遂げつつある。牛角のエリアフランチャイズ本部であるアスラポート・ダイニングの管轄する牛角店舗およそ200店が、去る6月のIR報告で、「主力事業である牛角が既存店売上高前年比11・6%増」という好業績を挙げている。新規開店分を含めない既存店ベースでの対前年比が2桁増というのは、現状の外食業界の動向からみても画期的な数字である。

アスラポート・ダイニングは、95年に、牛角チェーンの開発業務を手がけていたベンチャー・リンクの子会社プライム・リンクとして設立。同社は当初、店舗運営のノウハウを蓄積する目的で牛角などの店舗を運営していたが、99年からは牛角のエリアフランチャイズ本部の権利を取得し、多くの加盟店を率いる立場となる。今年の1月、新たにアスラポート・ダイニングが設立され、持ち株会社制へと移行した。

今回の業績回復の立役者といわれるのが、昨年からプライム・リンクのトップとなり、現在アスラポート・ダイニングとプライム・リンク双方の代表取締役社長を務める山口伸昭氏である。

「はじめて牛角の店舗を臨店したとき、飲食店運営の基本であるQSCのバランスが崩れていることに驚きました」と、山口社長は語る。

「サービス(S)や接客の分野は、私がこれまで携わってきたどのチェーンに比べても優れていましたが、商品のクオリティー(Q)がそれに対応していない。さらに店舗のクレンリネス(C)に関しても非常に低かったのです」

山口社長はもともとスーパー大手ダイエーの精肉部門からそのキャリアをスタートし、同社の外食事業のビクトリアステーション、神戸らんぷ亭、フォルクスなどのトップを歴任した「チェーンストア業界における食肉のプロ」である。その経歴を買われて、昨年春にプライム・リンクの執行役員CEOに就任。同年6月からは同社の代表取締役社長として立て直しに辣腕を振るうこととなった。

米国のチェーンストアのシステムを踏襲した大手外食チェーンでは、山口社長の言うQSCが店舗運営の基本である。純国産の独立系飲食チェーンであり、フランチャイズのシステムで急速に拡大した牛角は、このQSCの達成レベルがこうした既存大手チェーンの基準とは異なっていたということなのだろう。

社長に就任した当初から、山口氏は精力的に全国を飛び回って加盟店オーナーたちとコミュニケーションを交わしてきた。当初は厳しい言葉で迎えられたこともあったという。そうした中で、山口氏がまず行ったことは、過去の食肉専門家としての経験から、店舗で使用する肉のグレードを見直すことであった。

「安売り路線をやめ、牛角というブランドにふさわしいグレードの商品を、それなりの価格で提供しましょうと、加盟店やFC総本部にご提案しました」

次に、店舗のクレンリネスのレベルや商品管理の基本を徹底することを各加盟店に向けてお願いしたという。店舗運営の基盤となるQとCの改善に向けた政策だ。そして、業績回復を最大に後押ししたのがオーダーバイキングの導入だった。これはいわゆるビュッフェ(食べ放題)スタイルのコース商品だが、「食べ放題は牛角ブランドのステータスを低下させる」と、総本部は導入に反対した。だが、見るからに温厚な山口氏が「声を荒らげて詰め寄った」という気迫に押され、プライム・リンクの直営店数店舗によるオーダーバイキングの実験が許可されたのである。

結果はすぐに出た。実験店のスタート1ヵ月目から前年比10%増をクリア。3ヵ月目には何と同60%増を達成する店舗もあった。このオーダーバイキング(現在はビュッフェコース)は、最終的にアスラポート社の管轄エリアで約半数の店舗が導入。前述の通り、実験店のスタートから1年を経た07年6月となっても、既存店ベースの対前年比は110%を超えている。しかも、ビュッフェコースを導入していない店舗の合計でも前年比100%をクリアしているのである。これは、1年かけて店舗のQSCレベルを地道に底上げして来た成果といえるだろう。

外食業界は、いま大きな変化の中にある。業界を牽引してきた老舗チェーン企業は、その多くが業績を低迷させ、不振にあえいでいるのが実情だ。その中で、このプライム・リンクによる既存店ベースの売上げ回復は、業界にとってまたとない明るいニュースだ。

同社の業績回復の流れは、売上げ不振による撤退や売却といった性急な判断の前に、まず店舗でのオペレーションの基本や商品のブラッシュアップといった地道な継続した努力が、地滑り的な業績の不振に歯止めをかける確実な方法なのだと教えてくれるのである。

(商業環境研究所・入江直之代表)

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