シェフと60分:フランス料理「北島亭」オーナーシェフ・北島素幸氏

2001.04.02 225号 19面

あこがれのフランスへと羽田を飛び立つ瞬間、堅く心に決めたことがある。「なんとしてもトロワグロかボキューズの店に行くんだ」と。

慕って行ったシェフのお菓子屋には義理堅く一年半の滞在。しかし目的は料理修業である。

各地を転々と移住しながら「いつかは」の夢を捨てず、「ラ・マレー」をエドモントの中村勝宏シェフに紹介された以外、すべて自らの力でルートを切り開く。

「わずかなチップをためてはレストランに入り込む。それも研修としてです。日本人の恥という輩もいたが、こちらは目的をもって来ている。自分が行きたいところへ行くんだとチャンスを作っては入り込みました」

学ぶべき現実の店はどうだったのか。

「二つ星ならかつて働いた日本の『レ・ジャンス』のほうが上というのが実感」。しかし、三年目に訪れたボキューズの店、続いてのトロワグロの店では「はっきり言って自信がなかった。トロワグロに魚をやれと言われたが、スピードが半端ではない。ついていけず邪魔な存在だった」と自らを顧みる。

やっとの思いであこがれのトロワグロの側近くで働くチャンスを得、アントロメでソースを盛り付ける場を受け持つ。

「おーいジャポン。この料理を出してくれ!」の声が飛んでくるとうれしくて胸が高鳴った。

若き料理人は、偉大なシェフが出来上がりの料理を見せ教えようとしていると前向きに解釈。このチャンスを逃がしてはならずと、ソースを盛り付けながら皿の上に全身の神経を集中させたのはいうまでもない。

料理人生三二年で得た結論は「どんな料理も食材に愛情をかけなければうまくないこと」だ。

かつてトロワグロの間近で仕事振りを見て感じたのは「特別複雑なテクニックを用いていないのに、どうしてこんなにうまいんだろう」ということ。どこが違うかとよくよく考えれば、まずは食材が違う。そして彼らの食材に対する愛情のかけかたが違うとわかる。

当時は二八~二九歳。おまけに毎日が仕事に必死にくらいつく生活では、周りを見る余裕もない。帰国して自ら店を持つようになり、つくづく感じたことだ。

フランス料理は食材を混ぜ込んで一つの料理を作るのではなく、それぞれの味がぶつかりあって完成していく。練り物ではない。各食材がしっかりしていなければ食われてしまう。

残念ながら日本で同じことをやろうとしてもできないこと。フランスで学んだことをベースにおくが、北島亭では北島流のやり方がある。厨房は狭いし、料理人個人としての生き方もかかわってくる。

「だが食材に愛情をかけなければうまい料理はできない、これだけは変わらない真理です」

料理にかける比重は、材料が8で、素材の力を引き出す技量と面白さが2の配分におく。それだけに比重の高い食材探しのエネルギーは常に全開だ。

総じて野菜も魚も姿のきれいなもの、太って肉厚なものを由とする。これに冬場は野菜でホウレンソウ、魚でムツとかマナガツオがおいしい、といった季節がからんでくる。

こうした知識はフランスへ行くまではなかったこと。帰国して以来、毎日築地通いで覚える。

毎日通えば親しくなり、テレビに出るようになるとかなり好意的なまなざしを感じるという。数は買わないが良いものだけを買うので喜んでくれ、良いものがないときは、「きょうはないよ」とハッキリいうほどの信頼関係。

「同じお金を出すなら体を動かし一〇〇円でも安く仕入れたい」思いから、「荷物かついで九年。昨年から背負わなくなったが」と屈託なく笑う笑顔が印象的。築地が好きだから死ぬまで通うつもりというが、食材にかける情熱は半端ではない。

文・カメラ 上田喜子

◆プロフィル

一九五一年福岡県筑後市生まれ。高校卒業時は就職難の時代。就職担当教師の紹介で入社したのが(株)ロイヤル。(株)ロイヤルがどんな会社かも知らずの入社だった。新入生らしからぬ横柄な態度からいろいろな部署にたらい回しの待遇にあう。当時五〇店舗をチェーン展開する(株)ロイヤルはフレンチ「花の木」を開店。指導に来ていたシェ・イノの井上旭シェフに触発され、いつかは一流の料理人の思いを募らせる。一九七六年上京し、六本木の「レ・ジャンス」に入社、パティシエを務める。親方のフランス人シェフが帰国したのを慕い、フランス行きを決意。フランス生活は労働ビザもなく、働いて得た報酬をはたいては「ラ・マレー」「トロワグロ」など有名店での研修を受ける。一九八二年に帰国後、京橋「ドゥ・ロアンヌ」、八七年に赤坂「パンタグルエル」で料理長を務め、九〇年、長年の夢であった自らの店「北島亭」を四谷にオープン、現在に至る。

◆私の愛用食材 シェリービネガー

「組み合わせでいろいろと変化をもたせることができるのが酢。これを上手に使うと味がキリッと締まってくる」という北島素幸シェフ。

用途に応じワインビネガー、シェリービネガーと使い分ける。ことにシェリービネガーについては、フランス時代から慣れ親しみ一方ならぬ愛着を覚えているという。

「ストレートではツンとくるが、火を入れると不思議にまろやかな甘さがでてくる」シェリービネガー。

肉にも魚にも使えるすぐれもの。鶏には鶏のビネガー風味ソースとして、また魚には、少々インパクトを強めたいときはシェリービネガー、まろやかさを出したいときはワインビネガーにするなど微妙な使い分けをする。

北島シェフ愛用のスペイン産「シェリービネガー・レセルバ25」は、シェリー酒を原料にし、酢酸菌を加えて長い年月熟成したもの。年間生産量が五万本という限定品。背中にはボトルナンバーが入っている。

輸入元=(株)ミツカン(愛知県半田市、0569・24・5087)

・所在地/東京都新宿区三栄町JHCビル

・電話/03・3355・6667

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