地域ルポ 門前仲町(東京・江東区)(2) 昔の名残り居酒屋ゾーン

1993.09.20 36号 5面

ファーストフードに次いで目立つのは、もんじゃ焼や居酒屋だ。もんじゃ焼は東京・下町の“特産品”で、中央区の月島がこのメッカだが、門仲でもんじゃ焼ブームが飛び火して、四、五年前から店が目立つようになった。

もんじゃの専門店でなくても、小料理や居酒屋でもメニューに加えるところが多く、門仲の新しい名物となってきている。このため、もんじゃ焼をお目当てに若い人たちが来街するということにもなっているわけだ。

居酒屋や小料理屋というと、門仲は昭和三三年ごろまで三業地があったところで、台東区の吉原と並んで都内有数の大人の遊び場として、大いに隆盛を極めた。

門仲の居酒屋ゾーンはかつての料亭や見番、置屋があった地域、現在でいう大横川の北側、すなわち、永代通りから一本南側に入った路地で、西は黒船橋および石島橋から、東は巴橋までの間、地番でいえば富岡一~二丁目のエリアで、ここに小料理屋や居酒屋、カラオケバーなどが多く集積しているのだ。

「かつてこの界隈には料亭なども多くありまして、地元や木場の旦那衆が芸者さんをあげて、大人の粋な遊びをしていたもんなんです。私も地元の人間ですから、いろいろと楽しませていただきましたし、この界隈の移り変りも目の当たりにしてきまして、料亭が廃れた事情もよくわかっているんです」と話すのは、地元が不動産業と飲食業を展開する㈱江東商事の飯島繁社長。

飯島社長は親の代から門仲に住んできており、深川生まれの深川育ちというチャキチャキの東京下町子だ。

大学を出て石川島播磨重工(IHI)に勤め、土光敏夫社長の秘書をしていたこともあったが、昭和三〇年代に入って脱サラして鉄工・金属処理業と不動産業を始め、次いで五三年ごろから飲食業を展開している。

すでに地元で創業して四〇年近くがたつというわけだが、飲食業についてはアルコール業態を主体に計七店舗を出店している。

アルコール業態といえば、同社一号店の門前茶屋の隣に、大衆酒場「魚三」があって、この店は単品メニュー二〇〇~六〇〇円前後と安い料金で、新鮮な魚介類などを提供しているのだが、マスコミで再三紹介されたこともあって、夕方の開店と共に満席になり、店の外に人が列を作るというほどに地元の名物店になっている。

この店の真横に当時ですでに三倍の価格帯の居酒屋をオープンしたのが門前茶屋で、値段の高さに地元の人たちは口を揃えて、店は長続きはしないとみていたという。

しかし、店は客単価の大きい店、収益力抜群の店ということで地域一番店として、連日の盛況ぶりをみせている。

この店は樹齢五〇〇年の総ケヤキ原木造りの店舗で、東京にはここにしかないという豪荘な造りの居酒屋だ。

二階建てで一階がテーブル席の炉端焼、二階が豪農屋敷をイメージした座敷席で、床も天井、柱、梁も質のいいケヤキで造作されており、木に知識のある者なら目を見張るという代物だ。

当然のことながら地場産業である木場を意識しての店構えというわけだが、開店当初からの運営方針として、女性客に対するキメ細かなサービスも打ち出しているので、若い女性の来店(四割)も多く、この点もこの店の大きな特色となっている。

「女性が利用する店なら男も入ってくるということ、それから総ケヤキ造りにしたのは本格的なものをしっかり造っておけば、木は時間がたてばたつほど味わいが出てくるということからでして、この店は客層からしてグレードが高いんです」(飯島社長)。

グレードの高い店といえば、門前茶屋の別館という性格の料亭貴賓館も、地域でも数少ない本格的なものだ。京風懐石の料亭で、深川のよき時代をイメージして時代のニーズを取り込んだ運営形態の店で、店の造りは総ヒノキ造りの無節(むぶし)、料理は二〇年以上のキャリアをもつ板長の逸品揃い、客接待は着物姿もあでやかな女将や若い仲居さんといった内容だ。

料理は京懐石八〇〇〇円、御商談会席六五〇〇円、ふぐちり会席七五〇〇円、活魚介会席七五〇〇円などで、客層は地域の会社やグルメ客など。客単価は一万円台で、文字どおりに地域のゲストハウスとしての使われ方にある。

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