トップインタビュー ひらまつ代表取締役社長・平松宏之氏 カフェフランス文化啓蒙
――料理人として経営者として、幅広い視点からフランス文化の啓蒙にらつ腕を振るっていらっしゃいますが、そのきっかけは何だったのですか。
平松 一五歳くらいのころ、フランス思想と文学にのめり込みフランス文化を形成する“自由”“平等”“博愛”に憧れと共感を抱いたのがきっかけ。そのフランス文化の表現方法として料理を選んだわけです。だから私の料理には自由、平等、博愛を前提とする“己の表現”が息づいているのです。
表現のし易い環境を整えるためには自身で店を構えることが先決。必然的に料理界に入る前から経営志向に傾いていたのですが、その考えは当時だいぶ異端視されたようですね。いまもそうですが。(笑い)
――国内のレストランで修業、かたや経営学をも学ばれた後、実際にフランスで料理の修業をされていますが、現地で何を学び、何を国内に持ち帰られたのですか。
平松 当時はヌーベルキュイジーヌの全盛で、エスコフィエなどの確立された料理法に捕らわれず自分の感性のままに料理を作り出す、いわば料理の独創性や芸術性を訴求する機運に満ちあふれていました。
これらを自らの表現法として吸収し国内に持ち帰りました。伝統重視の国内従来のフレンチとは明らかに一線を画していましたね。
――国内の料理界に与えた影響は大きかったと聞きます。開業してからは若手料理人に対しどのように接しているのですか。
平松 フランス思想が基本方針。“ひらまつのまねはいけない、自らの表現力を高めよ”とスタッフに訴えています。もちろん基礎は大切です。厨房ではシェフが絶対ですから勝手はさせません。
五年間は基礎技術を徹底指導し、それ以降は自身のアイデンティティを料理に表現するように促します。その表現のステージが新店という形で用意されるわけです。
人を育てるということは、己を知らしめ、その中でできるだけの表現力を引き出してあげること。己の存在意識を向上させ、何のために生きているのかを認識させることです。相手を批判して自分は良しとするやり方では人を成長させることはできません。相手を認めながらも自分は自身のやり方で表現できる。そういった自由と平等の思考を個々に持たせ料理に表現させることが、ひらまつグループの方針であり集大成なのです。
――人こそすべて、表現力を持った個々の人材が、ひらまつの財産というわけですね。
平松 その通りです。われわれは人を売り物としているのです。
最近は米国流のロボット的人扱いが主流となっていますが、それは飲食(物)を売るために人を仲介させているだけで博愛の心がまったくありません。本来は人が主であり、自身の博愛を売るがために飲食(物)を仲介させるべきなのです。飲食(物)はあくまでも表現方法であって、その前提に人が人として人と接する尊厳の心が欠けてはなりません。
お客に料理を売ることよりも、なぜお客は料理を食べに来るのかを追求しなければならない。その誠心で博愛を訴求すれば必然的に店ははやるのです。
われわれが人件費を変動費として扱うのもそうした意向の表れなのです。
――ところで、ここ数年はレストランよりもカフェ業態「カフェ・デ・プレ」の多店舗化を進めています。パンを売り物とする「エピドルレアン」も新たにオープンしました。狙いは何ですか。
平松 レストラン展開でフランス文化の啓蒙に努めてきたつもりでしたが、それらが日常に根付いていないことに気が付いたからです。バブル後のフランス料理店の衰退を見れば一目瞭然ですね。
フランス文化、フランス料理を普遍的に根付かせるためにはレストラン以外の各業態を持ってさまざまなフランスのシーンを構築しなければならない。和食にも料亭からおでん屋まであるように、フランスにも三ツ星レストランからカフェまである。フランス文化、フランス料理の魅力を幅広く伝えるためにはフランス料理の底辺を支えるカフェが不可欠であると考えたのです。
――料理人、スタッフの成長は順調だったが、世相に対する啓蒙に遅れをきたしたというわけですね。
平松 というよりもフランス文化を日常に浸透させたい思いが、スタッフの成長に比例して強まったということですね。
私に着いてきたスタッフは皆、自らのアイデンティティを表現するステージに差し掛かっています。養った個性を解き放つスタッフの羽ばたきを迎えたことは、抱き続けてきた理想をさらに開花させる好機でもあるわけです。次なるステップアップに感極まる状況といえましょう。
カフェの多店舗化を単なる底辺拡大策として捉えられると意味が違います。
――底辺拡大は順調ですか。
平松 いまや世界はグローバルスタンダードの時代。日本人の固有性が色あせる一方、感性は多様化しています。自然と溶け込むのにあまり時間はかからないでしょう。二〇世紀を文明の時代とすれば二一世紀は“リルネッサンス”の時代。われわれの持つ“自由”“平等”“博愛”に基づく“己の表現”は必ず文化の主流となり、理解され、受け入れられることと思います。
――今後を期待します。ありがとうございました。
昭和27年生まれ、横浜市出身。年間二〇〇冊以上のフランスの書を読破したという親仏少年は昭和45年に料理界入り。
かたや業界では異例にYMCAで経営学を専攻。ホテルオークラなどを経て昭和53年、渡仏、数々の名店で修業し昭和56年に帰国。翌年、東京・西麻布にフランス料理店「ひらまつ亭」創業。
一貫したフランス思想のもと現在、フランス料理店五店、イタリア料理店一店、カフェ六店、ブライダル二店、インターネットカフェ一店、会員制バー一店を展開。自由、平等、博愛、己の表現を理念にフランス文化の魅力啓蒙に尽力している。(文責・岡安)
㈱ひらまつ/東京都港区西麻布1-14-17、電話03・3423・3745/年商30億円(平成8年9月期)/従業員数200人(平成8年9月30日現在)