うまいぞ!地の野菜(9)千葉県現地ルポおもしろ野菜発見「若芽ひじき」

1998.10.05 163号 13面

親子二代の夢

「オカヒジキといえば山形といわれるほど。故郷の山形では春先の野菜として、どこの家の庭先でも作られていました。これを周年栽培で商品化させようとしたのがうちの親父です」という寺島敏さん(33)。兄弟三人で父親と同じくオカヒジキの周年栽培に挑戦しようと、気候の温暖な千葉に新天地を求め故郷の山形を離れて早五年になる。

現在、長男は山形に帰り自然食品を扱う(有)笹子平高原「旬彩」を管理し、敏さん、正雄さん兄弟は昨年(有)寺島農場を設立、千葉に腰を据えて地元の野菜「寺島の若芽ひじき」作りに励んでいる。

無農薬を貫く

オカヒジキは、海藻のヒジキに似て、緑色の茎に円柱形の葉がつくアカザ科の一年草。

日本、中国、シベリア大陸からヨーロッパ南西部に分布する。日本では全国の海岸砂地に自生し、江戸時代初期には食用として栽培されていたようだ。一六七二年、山形県庄内地方で著された「松竹往来」にも記されており、この地が主な産地として知られている。

庄内地方で栽培されていたオカヒジキは、最上川を通して米沢や山形へと伝わり、現在の栽培地を形成している。

千葉地方でもオカヒジキは自生していたようだが、栽培はされておらず、ここにオカヒジキを周年栽培しようと乗り込んだのが寺島兄弟。

「山形は硬くて肥料持ちの良い粘土質。ここは砂地。土壌の違いは、逆に土壌改良剤を使わず無農薬を目指すわれわれにとって励みになりました」と語る敏さんの口調には余裕が感じられる。

生かせると思っていた山形でのオカヒジキ栽培のノウハウは生かせず、栽培は決して順風満帆ではなかった。平坦地のため水はけが悪く病気で作物が全滅したり、高価な機械購入ができないため、正雄さんの勘による温度管理の失敗で花が咲き、堅くなったり、幾多の障害に遭遇している。

「収穫を上げるために何度か農薬を使うことも考えた。でも作物は土壌が命。長く続けていくには、一時の誘惑に負けて収量を上げても農場の信用をなくしてはいけない」と、無農薬栽培の姿勢を貫き通す。

柔らかさ抜群

寺島農場自慢のオカヒジキは、「二番刈りは花が咲いたり、堅くなる。うちは最初の芽だけを刈り、出荷しているから名前も『若芽ひじき』」。

柔らかく、シャキシャキした食感は、昔からあえ物、おひたしにと親しまれ、最近ではサラダ、炒め物、スープの身、厚焼き卵や春巻きの具など食べ方のレパートリーを広げている。

「デリケートな野菜です。沸騰したお湯にサッと通すぐらいで、決してゆですぎないように」と真剣な表情の敏さん。おいしく食べて欲しい気持ちが伝わってくる。

季節により収量にばらつきはあるものの、ほぼ周年栽培にこぎつけた。年間、一パック一〇〇g詰めを一〇〇万パック出荷している。

山形との連携を保ちながらも「九十九里の太陽の恵みを受けた地場野菜、寺島のブランド商品として根付かせていきます」と語る表情が頼もしい。

■生産者名=(有)寺島農場、

千葉県旭市神宮時二〇〇、Tel479・64・1978、FAX0479・64・2997、ホームページ SYUNSAI.CO.JP/HOME.HTM

■販売方法=京浜市場出荷、生協、スーパー、宅配も可能

■価格=一キログラム約一一〇〇円前後

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