超繁盛店ルポ:「かつ太郎(とんかつ)」素材追求し本筋目指す
昨今の流行の郊外型とんかつ店ブームの草分けで、常に超繁盛店として業界をリードしてきた「かつ太郎」。開店から五年が経過した今もロングセラーを続けるその魅力と強さの本質に迫った。
JR宇都宮線古河駅から車で約三〇分、国道四号線に面するとはいえ、周りは田圃と畑だらけで、お世辞にも平均月商一五〇〇万円を売上げるような好立地とはいえないところと聞き、あらかじめ所在地や行き方を詳しく教わって駅からタクシーに乗り込んだ。
ところが、タクシーの運転手さんは所在地を告げなくても、かつ太郎といっただけですぐに発進。聞けば、かつ太郎のファンだそうで、ちょうど自分も食べたくなってきたので着いたら車を停めて昼食にすると楽しそうに話してくれた。
運転手さんに、かつ太郎の評判や周辺の環境の説明を聞きながら午後3時到着。普通のとんかつ屋なら準備中の札がかかる時間にもかかわらず取材前の遅い昼食に入った店内は、満席とまではいかないまでも、テーブル席は半分以上埋まり、座敷も何組かのグループ客で賑わっている。さっき乗せてもらったタクシーの運転手さんも入って来た。
「びっくりとんかつ」が目玉だけに、店内外の標示物すべてが大きい。特に道路沿いに何本も立てられたのぼり旗は圧巻で、この視認性の高さとインパクトの強さが立地条件以上の集客に貢献している。メニューや木札も目の不自由な方やお年寄りにも優しい大きさだ。
「でかいだけならジャンボ、おいしくなければびっくりではない」と、かつ太郎を経営する(株)坂東太郎の青谷洋治社長は言う。お客さまの話題性を意識してびっくりとんかつや、びっくり海老フライを考えた。醤油で食べられるものをとポパイ巻を考えた。女性向きにヘルシーなものをとカボチャ巻を考えた。
「でもこれらの“変わりとんかつ”はあくまでも脇役、主役は絶対にロースとヒレです。メニュー開発をして目先を変えることも必要ですが、本筋の味を重要視し、中身を充実させることが最も大切なことだと思います」
そのために、素材には徹底的にこだわる。とんかつの命である豚肉は生産者指定のSPF豚だけを使い、コメは新潟産のコシヒカリを当日炊く分だけ毎日精米している。
サクサクパン粉やあげ油はもちろんのこと、オリジナルソースに使用する塩や醤油にまでとことんこだわっている。お客さまに見えない部分で努力することが信頼を勝ち取る唯一の道だという。
「これから勝ち残るのはお客さまのわがままをいかに聞いてあげられるかで決まります。お客さまに私の店・私の食堂と思っていただけるような、飲食店ではなく飲食サービス店しか生き残れない時代なのです」
10月には五店舗で料理アンケートを実施した。どこでもやっている「おいしかったですか? はい、普通、いいえ」みたいなどうでもいいような抽象的なことを尋ねるのではなく、「定食にもう一品何を召し上がりたいですか?」というズバリアンケートだ。
この質問に対して期間中に六〇〇〇通もの回答があった。さまざまな意見をまとめると、おしんこ、豆腐といった小付的なものと、アイスクリーム、フルーツといったデザート的なものがほとんどだったそうだ。
回答してくださったお客さま全員に対して直ちにサービス券を付けて礼状を送り、実際に次の新メニューに反映する。これで、かつ太郎のファンがさらにバージョンアップして親衛隊になってしまうことは間違いない。
構築されたノウハウと飽くなきチャレンジ精神で常にとんかつ業態の最先端をいくかつ太郎。お客さまと店が一体化して私の店づくり、感動づくりに取り組むかつ太郎。坂東太郎の経営理念である人間大好きの通り、人間一番店として、地域一番店どころか永遠の超繁盛店を目指して欲しい。
◆青谷洋治(あおや・ようじ)(株)坂東太郎代表取締役。昭和26年、茨城県出身。専業農家の長男として生まれ、少年のころから農業に従事し、そのかたわら、そば店で修業。そば店店主として独立した後、(株)坂東太郎を起こす。趣味はマラソンと、最近始めたピアノ。ホノルルマラソンでは五時間三〇分で完走。ピアノは週二回一時間ずつけいこに通う。酒はつきあい程度。たばこは吸わない。
◆(株)坂東太郎/代表取締役青谷洋治/本部所在地=茨城県猿島郡総和町高野五四〇‐三、Tel0280・93・0180/設立=昭和61年11月/資本金=四〇〇〇万円/従業員数=四〇〇人(社員一〇〇人)/年商=二三億円(平成9年度)/店舗数=「ばんどう太郎」(そば、うどん、すし)七店舗、「かつ太郎」(とんかつ)九店舗、ほか三店舗
“熱き温かさ”“母さんの心”“父の励まし”をテーマに掲げる郊外型和食チェーン企業。お客の喜びと従業員の豊かさを追求しながら、地域貢献を目指す新興外食企業として注目されている。昨今の郊外型とんかつ店ブームは、同社のかつ太郎から始まっている。
■筆者紹介■ 谷口正俊(たにぐち・まさとし)一九五六年、神戸市出身。立命館大学経済学部卒業後、セゾングループの外食部門の会社、(株)チェポ(現・コモコフード)に入社。店長、SV、営業所長を経て三〇歳で取締役就任。四〇歳を契機に独立し、(株)かいエンタープライズを設立。現在レストランとFF店を経営し、飲食店のコンサルタントとして活躍。理論より実践、システムよりマインドがモットー。