ヘルシートーク:国立民族学博物館教授・小長谷有紀さん

2010.01.10 174号 05面
提案します!自産自消農産物、作ってみませんか

提案します!自産自消農産物、作ってみませんか

 モンゴルをテーマにした文化人類学研究で、たくさんの著書のある小長谷有紀さん。味の素食の文化センターの記念講演では、新しい「自産自消」というキーワードを提案した。新鮮・安全だけでなく、もっと食べる行為が豊かになるという「自産自消」、詳しくうかがいましょう。

 ◆「世界を食べる」はやめられない

 例えば幕の内弁当。入っている食材の輸入先を確認すると、私たちは日常的に「世界を食べている」ことが分かります。実際に出かけなくても十分に世界旅行できているくらいです。「これは問題。もっと自給率を高めましょう」という意見もありますが、もしいま国内生産のみで全需給を満たそうとしたらもうおイモしか食べられないとか、そんな状況になるかと思われます。これほどつながった世界との関係を断ち切ることが、果たして私たちの未来の行方なのかなと、私は思います。

 「率」という「量」の話だけではなく、「質」を高める、そういう方向もあります。「地産地消」というキーワードが、いまよく聞かれます。地元産野菜が評価され、スーパーに生産者が直接農産物を運んできて、顔写真が表示されたり、朝市が立ったり。量としては少ないかもしれませんが、そういう動きで食べ物の質が少しずつ変わってきている実感がします。

 そこで次に私が提案したいのは、その地産地消の究極版「自産自消」です。自分で作って自分で食べる、ということですね。新鮮で安全、質を確保する最も簡単な方法です。けれどそのメリットは、そうした目に見えるものだけではないと思うのです。

 ◆明日香村の棚田に彼岸花咲いて

 「自産自消」にはかなり多様なパターンがあって、すごい人は地方に転居して農業を始めたり。そこまでいかなくとも、遠方に土地を借りる手もあります。自宅に庭があればそれを耕したり。ワンルームのベランダで素晴らしい野菜作りをしている友達もいます。

 私の場合は昨年初めて、棚田オーナー制度を活用して明日香村(奈良県)でコメ作りをしました。機械が入れない棚田は放棄されがちですが、「だれかが手を貸してくれるならできます、パートナーになりませんか」という制度ですね。職場のみんなにも声をかけて中国籍・ロシア籍など海外の方を含め、たくさん集まりました。「日本の田んぼなんて初めてです」とみんな感激してましたけど、一緒に行く日本人も全員が初めて(笑)。月に1度、全部で6回、通いました。地元の農家さんがインストラクターになって指導してくれるんです。稲は水の管理が一番大事。それは農家さんにお任せして、次に重要な人手のいる時の作業を私たちが行うわけです。地元のお世話になりつつ、田んぼのお世話をしにいく、まさしくパートナーシップです。おかげでみんなで、「なんちゃって農家さん」をすることができました。

 秋にはサプライズがありました。よく日本の景観のカレンダーに、棚田に彼岸花の写真がありますが、あれ、人が入っている田んぼにしか咲かないんですよ。休耕田には見事に一輪も。人が踏みつけて、かく乱しているから咲くらしい。人が来ることに値打ちがあるんだなあと。稲を植えに行っておコメができたのは想定内ですが、植えていない彼岸花が咲いた。私たちが来て農作業をしなければ、咲かなかった。里山の景色っていうのは、自然のようで実は自然でなくて、人間が関わっていて。私たちはそれを愛でてきたんだなあと。食べるという直接的な利益だけでなく、目で味わう物も含めて、人間が関わって自然を作っているんですね。

 ◆自宅の庭で虫を育てて!?

 それからもう一つ、自宅の庭を耕して簡単な野菜を植えていて、これは子どもが生まれた時から17年続いています。耕すといっても実は何にもしていなくて、そのまま種をまいてます(笑)。いまは水菜・ほうれん草・シロナ・青梗菜が、雑草の中で頑張って生えていますね。毎朝それらを適当に抜いて、お弁当の材料にします。

 秋に、ブロッコリーは全部虫にやられてしまって。ブロッコリーを育てることを通じて、虫を飼っていた状態です。でもそんな経験すると、では遺伝子組み換えの種にしたほうがいいのかとか、ちょっとした肥料でなく本格的な農薬を使わないとダメなのかとか、そういう選択を自分の問題として考えます。時間があれば全部手でつまめばいいけれど、仕事の傍らではそれもできない。その労働を換算したら、やはり有機物が高いのは当たり前だなあとか。

 棚田オーナー制度の方は、1件4万円、保証されるおコメは60kg。計算するとコシヒカリ以上、しょっちゅう行く交通費を考えたらさらにです。「自産自消」は生活を安く切り上げる方法としては、あまり役に立たないかもしれません。自分で作ること自体、ぜいたくなことなんですね。

 ◆「なんちゃって」から生まれるリスペクト

 自分で畑仕事をしていると、店頭の野菜を見て気持ちが変わります。ニンジンが3本100円だったら「めっちゃ安い!きょうはトクした!」と思って当然ですが、自分で作ることを始めたり、作っている人とつながってきたりすると、「こんな安くて、作っている人は大丈夫かしら」と思うようになるわけです。農業をするといっても、どうせ「なんちゃって」なんです。でも、ちょっとでも作る人になることによって、作っている人のことを思いやる気持ち、リスペクトが生まれる。全体とか物の流れを見るキッカケになる。

 量的に「世界を食べる」私たちの流れは、止められないでしょう。これからも世界を食べていく自分自身の意識として、作ってくれている地域のことを調べてみるとか、人のことを考えてみるとか、そうすることがこれからの私たちにできる唯一のことではないかと思っています。自分たちの伝統を守るためにも、たまには作る側に回る。そうすると他人にだって伝統があることが身体で分かる。自産自消から始まって、地球産地球消の恵みを受けているありがたさを感じられるのではないかと思います。食べることがもっと楽しくなると思います。

 ○プロフィール

 こながや・ゆき 1957年大阪生まれ。国立民族学博物館教授。京都大学文学部地理学科卒業。専門分野は文化人類学、文化地理学、モンゴル・中央アジアの遊牧文化。現在の研究課題は「モンゴルにとって20世紀とは何であったか」。主な著書に『モンゴルの白いご馳走』(チクマ秀版社)、『モンゴルの春』(河出書房新社)、『モンゴル草原の生活世界』(朝日選書)。

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 (財)味の素食の文化センター設立20周年記念シンポジウム『「食」-その伝統と未来-』では、「食」に対する人間の知恵と文化と歴史を考察し、現代の「食」が抱える問題とこれからの「食」のあり方を伝統食をキーワードに各研究領域の食文化研究者が論議した。

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