山もいろいろ:おまけがついた山登り

2003.06.10 94号 5面

「どこ行くんだ」

「山歩きです」

「そっちへ行っても山莱なんて何もないぞ」

「山菜採りじゃなくて、山登りです」

「えっ、ただ山に登るだけかね。ハァー、ご苦労なこった。都会の人ちゅうのは物好きなことをするもんだナー」

登山口で出会ったおばあちゃんが哀れむような顔をして見送ってくれた。

昔から春の七草、秋の七草というように山野草は、冬の間のビタミンCやミネラルの補給のためや、冬を前にした身体を整える薬草として、日本人の健康に役立ってきた。地元の人々にとって山は、そんな山草を採りに行く生活の場だから、山莱でもキノコでもなく、ただ山に登るだけというのはとても不思議な、考えられないことなのだろう。

言われるまでもなく、春から初夏の山は山菜の宝庫だ。雪解け後すぐに現れる「フキノトウ」「セリ」「ヨモギ」「タラの芽」「ゼンマイ」続いて「モミジカサ」「ワラビ」など、あまり詳しくない私でもあと一〇くらいは名前を挙げられる。わざわざ探し回らなくても山道の脇にそこかしこ芽を出していて、気づかずに踏みつけてしまうこともしばしばある。

そんなありふれた雑草ともいえる山草だから、登山道の脇にロープを張り巡らせ、「入り込んだ者は何一〇万円の罰金」だなんていうマツタケ山とは大違いで、適当に摘んで下山しても、地元の人が気軽に下ごしらえや料理法などを教えてくれるおおらかさが、また気分を良くする。

先日、新潟の越後湯沢に近い飯士山に登った。スキー場で有名な一〇〇〇メートルを少し超える程度の低山ながら、ピラミッド状の形のよい山だ。新緑が目に眩しい登山口から、はらはらドキドキの両側が切り立ったやせ尾根通過や、まるで木登りのように根っこや木の枝をつかんで登る急登、さらに岩場を通り越して立った頂上からの景色は抜群と、変化に富んだ楽しい山だった。

下山路を山腹のスキー場にとり、辺り一面ワラビが群生している雪が消えたばかりの明るいゲレンデに出た。とたん、あっという間に登山が山菜採りに早変わりしてしまい、両手いっぱいのおみやげのワラビは、今回の山登りをさらに楽しいものにしてくれた。

生活の手段から、趣味と健康のためにと変わってきた登山にとっても山菜たちは、ひと味おまけの隠し味になってくれているようだ。

(日本山岳ガイド協会 公認ガイド 石井明彦)

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