らいらっく人生学:「村おこしにうまいものなし」のはずが…

2001.10.10 74号 15面

名物にうまいものなしというが、村おこし、町おこしの類にも失望させられることが多い。無理にこしらえ物をするせいだろうか……。

だから草壁氏から「山都(やまと)そばを食べにいかないか」と誘われても、あまり気乗りがしなかった。が、温泉オタクの上野氏が「近くに日本秘湯の会加盟の隠れ湯がある」というので、ともかく出かけることになった。

山都はラーメンの町喜多方の西、会津若松の北、山形、新潟県境に位置する福島県下の小さな町である。町とはいえ、そばどころの宮古、一の木地区などに行こうとすれば、いくつかの九十九折りを越え、退避車線で対向車をやり過ごさなければならない。このへき地の農家の座敷でそばをいただく。

それで、このそばがいいのである。味オンチで、とくにそばのよさが分からない筆者がいうのだから、信用していただかなくて結構だが、中でも『やま仙そば』は、筆者がかつて食べた最良のめんであった。

どんなにほめちぎっても、観光客が殺到して、たちまち味が落ちる心配はない。なぜなら、六八歳になる田中綾子さんは、一日一五食しか売らないからである。

しかも、新そばの出る前の7月末~8月末までは休んでしまう。 「山の高いところに土地を借りて夫婦でそばを栽培している。自家製のそば粉しか使わない。だしの材料は全国から吟味して最良のものを取り寄せる」。田舎そばのレベルを超えていることが、なるほどとうなずける。

山都のそばは、一〇〇%地元の実を使い、そば粉一〇〇%である。だが、それが田中さんのそばがすごい理由ではない。なんといっても田中さんは、そば打ちの天才、そばの仙人なのだ。このような達人が隠れ里にあって、一日たった一五人のために畑を耕し、粉を挽いている……これほど素晴らしい生き方があろうか。

秘湯の方は、秘湯であることを売り物にしているかのようだったが、それを否定する気はない。

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