ようこそ医薬・バイオ室へ:なぜ女は男より長生きか

2001.05.10 69号 6面

旧厚生省が発表した平成11年簡易生命表によると、男性の平均寿命は七七・一〇年、女性は八三・九九年で、前年と比較して男性は〇・〇六年、女性は〇・〇二年下回った。男性は二年連続で、女性は四年ぶりに前年より下回ったが、男女とも肺炎と心疾患による死亡が増えたことがその原因である。とはいえ、男女の平均寿命の差は、六・八九年で前年より〇・〇四年拡大したので、ますます女性が強くなったといえる。

男性よりも女性がなぜ長生きかについては諸説あって、基礎代謝が少ないからとか、社会的ストレスが少ないからとか、X染色体がY染色体より大きいとか、まあ、いろいろ理由があるらしい。生物学的には多くの動物種でメスの方がオスより寿命が長いが、例外もあって、ハムスター、モルモット、ハトなどはオスの寿命が長く、種馬は牝馬より長生きらしい。

それはさておき、今年の初めに、米医学誌に金沢大学医学部の腫瘍研究グループの研究が載った。その内容は、女性ホルモンの一つであるエストロゲンが細胞を不死化させる作用があることを発見したというものであった。従来から女性ホルモンが女性の長寿の原因であると推測されてはいたが、エストロゲンに老化防止の働きがあることを遺伝子レベルで確認したのは初めてである。

その実験の内容を簡単に説明すると、ヒトの培養細胞にエストロゲンを投与したところ、エストロゲンが細胞内の受容体に結合し、ついでDNAの発現領域とも結合して、細胞を不死化に導くテロメラーゼという酵素を誘導していたのである。

「何のこっちゃ」というのが読者の反応であろうが、ここでテロメラーゼについて説明する。通常、ヒトの細胞は七〇回くらいしか分裂することができない(生殖細胞は除く)。試験管内のヒト培養細胞でも約五〇回分裂すると増殖を止めてしまい、一九六一年に発見したヘイフリック教授の名を冠して「ヘイフリック限界」と呼ばれている。これは、分裂するためにはDNAの複製が必要で、その複製酵素であるDNAポリメラーゼの特性により、染色体の端の部分は完全に複製されず、少しずつ短くなってしまうのである。そして、ヘイフリック教授は一九九二年にこの染色体の端(テロメア)の長さが分裂回数を決めていることを報告し、このテロメアにあるTTAGGGという塩基配列の反復数が「いのちの回数券」といわれるようになった。

一方、がん細胞は何回でも分裂することができ、自らの宿主の生命さえ脅かすほど無限に増殖してしまうが、がん細胞にはこのテロメアにある反復数を元に戻す酵素(テロメラーゼ)があることが発見され、一躍このテロメラーゼを叩く新薬を開発すればがんが治せるだろうと注目された。

話を金沢大の研究に戻すと、つまり女性ホルモンがこのテロメラーゼ生産を促し、細胞分裂後もテロメアの長さが短くならず(回数券がなくならないことを示す)、細胞の寿命が延びることを示したのである。もちろん、エストロゲンを投与しすぎると、逆に細胞ががん化する可能性が高くなってしまうことを示しているともいえるが、女性のがんによる死亡率は男性よりも一〇%も低いので、がん抑制の機構がうまく女性には備わっているのであろう。

(新エネルギー・産業技術総合開発機構 高橋清)

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