滋味真求 炭焼き・鳥久(東京・阿佐ヶ谷)味本格・値段は手頃

1998.11.10 38号 13面

焼き鳥、おでん、にぎり鮨。ともに屋台から発生した庶民的な食べ物であるが、この節はすっかりと高級化して、ちょっとつまんで一杯ひっかけて、などという具合にはなかなかいかないものである。焼き鳥なども地鳥やしゃもなどを看板にする店もあるが、値段だけがベラボウで味はいまいち、といったようなシャクにさわる店がたくさんある。

ところで懐具合をあまり気にせず、うまい焼き鳥を食べさせてくれる『炭焼き・鳥久』という店が中央線阿佐ヶ谷駅北口にある。店内はカウンターとテーブル席三つというこじんまりとした構えだが、よく磨かれた桧の一枚板のカウンターが味に信頼感を感じさせる。

店主の井田紀雄さんはこの道三〇年の大ベテランだが毎日自ら鳥をさばき、首の骨を叩いてつくねを作り、鳥に串を刺している。鳥は? と伺うとこともなげに「ブロイラーだよ」という答えだが、鳥の目利き三〇年のキャリアは伊達ではないようである。塩で焼いた焼き鳥をほおばると肉汁のうま味が口一杯に広がり、しばし酒を飲む手も止まりがちである。

また嬉しいことに「焼き鳥」と書いた短冊が貼ってあるが、決して「ねぎま」などとは書いていない。ともすると昨今では少し名の通った店でも、焼き鳥を「ねぎま」などと書いてあるが、いくら鳥肉の間にねぎが挟んであるからといって「ねぎま」とはいただけない話である。本来は「ねぎま」とは「ねぎ・まぐろ鍋」のことである。このような些細なところにも「焼き鳥一筋」一本筋の通った店主の姿勢が感じられる。

余談だが「ねぎま鍋」などというものは江戸時代、ほとんど食べる人がいなかったまぐろの脂身、つまり中トロ、大トロをただ同然で魚屋からもらい受けた長屋の住民が、ねぎとともにぶつ切りにして鍋仕立てにした、いわば廃物利用みたいな食べ物である。

いつごろであったか、テレビで某ホテルの料理人が、仰々しく本まぐろの大トロで「ねぎま椀」を作っていたが、それが何と一椀・五万円という天も恐れぬ値段であった。いくら本まぐろの大トロが手に入りにくいといっても、ベラボウな値段である。こうなると潮流の関係で水揚高が極端に少なくなったという「イワシ」も、将来は銀のお盆にでも乗ってウン万円の値段がつくのかしら。だいたい「ねぎま鍋」などというものは、本来は塩鮭の頭を放り込んだ北海道の「三平汁」とともに、廃物を利用した庶民の傑作料理の双璧であろう。いやしくも料理人はこのくらいの知識は持ち合わせてもらいたいものである。

さて『鳥久』の焼き鳥だが、焼き鳥、つくね、れば、しんぞう、すべて一本・百円という、たいへん安い値段である。店主は「うちは十年来この値段だよ」と気安くいうが、このご時勢にこの味、この値段、一徹な料理人の心意気を感じる。

他に、くび肉焼き一一〇円。皮焼き(おろし付)三〇〇円。鳥スープ二〇〇円。鳥わさ五〇〇円。きじ丼(お新香・みそ汁付)八五〇円。ビール五三〇円。酒は〆張鶴、黒龍、北雪とノン兵衛垂涎の銘柄が揃っている。

焼き鳥のタレも、店主が昔修業した店から持ってきた種タレに、しょう油、みりん、砂糖で作ったタレを毎日継ぎ足しているとのことであるから、塩、タレと好みの味で焼いてもらうのも一興であろう。

またお内儀さんが丹精こめた糠漬けは秀逸である。店主とお内儀さんの二人で切り盛りをしている小さな店なので、混み合うと席が取りにくいので少し早めに行くこと。席はカウンター七席、椅子席一〇席。

住所・東京都杉並区阿佐ヶ谷北2‐12‐22

Tel03‐3310‐2606

営業時間・午後5時~午前1時(休日・日曜)

購読プランはこちら

非会員の方はこちら

続きを読む

会員の方はこちら