だから素敵! あの人のヘルシートーク 俳優・山内賢さん
登山家・岩崎元郎さんとのコンビのNHK教育テレビ「中高年のための登山学」第三弾(月曜午後8時~)が今月からスタート。すっかり山登りづいてタレントとして新たな境地を切り開いたムードの山内賢さん。さすらいの旅人、ベテランのアウトドアスポーツマンが登山者二年生となって山の上で感じている今日この頃の心境を、語ってもらった。
実は昨年の第一弾でこのお話があった時、最初は即座にお断りしたんですよ。「中高年」「山登り」。うーん、なんでこの私に? という感じで。いや、「中高年」の方は年齢的にいって立派にあてはまってしまうかもしれない、これは仕方ない(笑)。それにしても山登りとは。アウトドア好きで長年エアロビクスもやっていたことから考えてくださったのだろうけれど、これはちょっとあまりにキツそうで、しかもイメージも地味だなぁと。
それでも、番組のプロデューサーの方から前回のビデオを観てから判断して下さいといわれて。そのビデオを観て考えが変わっちゃったんです。場面は安達太良山。5月というのに雪渓が残る風景の中、強い風にあおられて吹き飛ばされそうになりながら、岩崎さんを先頭に中高年登山隊の皆さんが登っている。なかなか厳しいものがあるなぁと思っているうち山頂に辿り着いた。そしてそこは下界とはまるで違う荒涼とした景色があって。「イヤー、いいねー」、なんて心の中で叫んでいました。あの頂上に立ったらどんな気分がするんだろう。画面の中の人たちはみんな感動しているぞ。もしかしたら山には人の心をとらえて離さない何かがあるのかもしれない、なんて。これは完全に疑似体験というものですね。
そうはいっても山登りなんてほとんどしたことがなかったものですから、ソノ気になったとしても体力の方が大丈夫かなという不安が大いにありました。そこで、エアロビクスをしていた自宅近くのスポーツジムで、撮影の半年前から登山用のトレーニングをスタートしたんです。私はどうもやりだすとハマりこむ悪い癖があって(笑)、エアロビクスを始めた時も一週間のうち六日くらい通ってインストラクターにやりすぎはよくないですよと指導されて、三~四日におとした経験もありました。しかし今回はトレーニングというより実際の収録が待ったなしで控えていますからね、トレッキングマシンなどでももに筋肉をつけようと、ええ、週五日通いましたよ。ところがこれもね。実際に現場に出てみたら山登りには山登りに必要な筋肉があるようで、鍛えたはずの脚が下りで痛くなってしまったんです。
聞いてみたら、登山の下りでは大腿四頭筋が支えながら伸びるという複雑な動きをするらしい。これを鍛えるには、階段を上り下りするしかないということです。本当に自分のやってきたトレーニングは何だったのかと思いましたよ。でも、去年一年山登りをしたおかげで、私にもちゃんとその山登り用の筋肉が脚の周りについてきたようです。
山小屋で一緒に寝泊まりしていると生活態度とか性格というのがお互いにわかってきます。B型の岩崎さんには「賢さんは綿密で計画的で、A型そのもの」って言われます。
そうなんですね、行く前の準備っていうのが僕は大好きなんです。もちろん荷物は自分でパッキングします。これは旅番組の取材をしている頃からそうで、その頃は現地の地理や歴史を調べて行きました。山の場合は、三日くらい前から行き先の地図を用意して磁北線を入れたり時間を計算したり。それではアプローチにこのくらいかかりそうだからシャツをもう一枚持っていこうとか、行動中の食べ物はこういうタイプのものがこのくらい必要だとか、緻密に計算して考えます。机上登山というんですけれどね、そういうことがとても楽しみになってきました。
旅の仕事を随分やってきたこともあり、食べることや周辺の情報を集めることは好きですね。思い出に残っているのは、食べ物のルーツを探す番組でしょう油の軌跡を訪ねたことです。日本のしょう油はいま大豆で作られていますが、かつては魚で作る魚醤でした。いまでも秋田や石川にはありますよね。そのルーツがイタリアにあった。ローマ帝国時代に調味料として盛んに使われていたという文献があって、そういうものがいま残っていないかなとイタリア中探したら、ありましたよ、南イタリアの方に。アンチョビ工場から出るイワシ製品のクズから琥珀色の液体を作っていた。これで秋田のしょっつる鍋を作ってみたら同じ味がするんです。なんか日本とイタリアがぐっと近くなった気がしましたね。
釣りが好きなこともあって、食べ物では魚が好きです。その番組の影響ではないですが、イワシそのものと、あとイワシを餌にしている青魚を食べなさいと主治医に言われてからカツオ、サバ、ブリ、カンパチ、マグロ、サンマをよく食べています。血がきれいになるんだそうです。ちょっと疲れたなという時はカツオのたたきかな。塩をつけて腹の方をあぶって、いろんな野菜を添えて食べます。ニンニクやショウガ、玉ネギをスライスしたものをこんもり載せて、ギュッと押し付けて食べるとおいしいですね。
そんな風に食べることを仕事と趣味の両方にしていたら一時太ってしまって。二重顎になってはいけないとプロデューサーからストップがかかってしまいました。エアロビクスはその解消とミュージカルのトレーニングのために始めたんです。
エアロビクスも効果がありましたが、最近山登りでまた締まってきました。エアロビクスも登山も有酸素運動ですから、体重維持だけでなく呼吸法も良くなりますね。舞台でギター一本で歌う場面でも、昔は声がびびっていたのがこの頃はけっこう出るようになりました。人間緊張すると声がぶれるんですけれど、丹田というへその辺りにぐっと力を入れるとぶれなくなる。要するに腹式呼吸ですが、山登りをすればするほどこれが鍛えられる気がします。
海釣りから渓流釣り、放浪の旅からアウトドアキャンプと段々標高が上がってきて、去年は二~三〇〇〇メートルの場面の初心者となりました。自然が相手というのはいいですよ。人間がいかに弱い存在であるか思い知らされるようなシチュエーションがたくさんありますから。だから自然を相手にやるようなものはすべて好きです。山の初心者を卒業したらこのシーンで、いままでやってきた食道楽や遊びをもっと楽しんでみたいですね。
◆ 昭和18年、東京生まれ。昭和29年東宝映画「あすなろう物語」でデビュー、子役として多数の映画に出演する。昭和37年、日活に入社、「雲に向かって立つ」「悪太郎」「青春ア・ゴーゴー」「二人の銀座」など、歌う青春スターとして数多くの主演作品を持った。テレビでは「さすらいの食いしんぼう」ほか、たくさんの料理・旅番組に出演、造詣も深い。アウトドアの仕事でも「釣り入門」「釣り専科」に続き「中高年のための登山学」の司会で新たな分野に挑戦している。