だから素敵! あの人のヘルシートーク フードコンサルタント・江上栄子さん

1998.06.10 33号 4面

妻として、母として、料理学院の院長として、多忙な毎日を過ごす江上料理学院・江上栄子院長。誰にでもおおらかな笑顔を絶やすことなく、優しく接する様は忘れかけていた大切なことを思い出させてくれる。危惧していることは連続して起こる子供の犯罪。家庭の味が稀薄になってきているのではと語る。お料理を教え、まさに家庭の味を支えてきた江上栄子院長にじっくりとお話を聞いた。

料理は手間がかかるから嫌いという人がいるでしょう。そういう人はお気の毒なことに料理を知らなさ過ぎるんです。手を抜いても健康的でおいしい料理というのは、山ほどあるんですよ。私はね、長い時間コトコト煮て味がしみ込んだ物を温めて食べるのが好きなんです。例えばフランスの家庭料理のポトフは五時間くらい煮込みますけれど、火にかけておけば煮えますから一番簡単でしょう。溶けそうになったキャベツやニンジンに粒マスタードを付けて、フーフー言いながら食べると元気がでますよ。ちょこちょこと手をかけてやるというよりも、むしろ長い時間マリネした深い味とか、コトコト煮込んだコラーゲンの多い料理の方が手はかからないし、おいしいと思います。

お料理はね、二つに分けて考えるといいんです。どこかで切れるはずだと。例えばお魚を買ってきたらそのお魚を日本料理ならミリンとお酒に漬け込む。イタリー料理にしようと思ったらハーブと白ワインに漬け込む。それが料理の前半。これは前の日の時間が空いた時にやっておくんです。五分ですむでしょ。食べる時に焼いたり、天火に入れたりというのが後半の作業。これも一○分くらいのこと。おいておく一二時間なり、二四時間なりが食材をおいしくしてくれるんです。こう考えれば料理を作る時間なんて本当に少しでしょ。これはね、頭のトレーニングだと思ってやるんです。ボケ防止にもなりますよ。時間に追われて、あれもしなければ、これもしなければということがなくなります。時間がなくなることが一番つらいことですから。

元気の秘訣ですか。やはり、食べ物ですよね。食べることですね。食べて身体の中からきれいになるんです。ちゃんと食べることが健康法なんです。今日はカルシウムは足りたかな、タンパク質は大丈夫かな、あれとこれを食べたから大丈夫とか、食べることに意識を持つんです。いい加減に食べたんじゃいけません。

それとよく歩くんです。一時間くらいで行ける所は時間が許す限り歩きます。だからね、私はよく道に迷ってしまうんですよ。この間も生徒さんから「先生、こんな所で何をしているんですか」って声をかけられて。正直に申しました。「道に迷っているんです」って。あとエレベーターには極力乗らないようにとかね。日常生活であまりお金のかからないことをやっています。

趣味を持つことも健康にいいかもしれませんね。私は絵を描くことが好きで、気に入った場所はスケッチしておくんです。絵を描く時間を持てることが嬉しくて。一生懸命時間を作りますよ。

私は四人姉妹なんです。昨年は夢だった姉妹展も開催しまして。それぞれね、違う趣味を持っているんです。人形作り、書道、絽刺し、そして私が絵なんです。いろんなことをおしゃべりしながら四つの人生を共有できるようなものでしょ。

それにいま私たち忙しいんですよ。それぞれの所に新しい命ができて。一昨日も人形作りの姉の所で赤ん坊がオギャーと生まれ、8月にはうちでオギャーと生まれる予定なんです。絽刺しの姉のところは10月、あっちでもこっちでもオギャーと生まれることになってるんです。その度に“やれ、何のお祝いだ”と集まっては食べたり、しゃべったり。とても忙しくて楽しいです。

世の中が冷え切っていると肉親のあたたかさはかけがえのないものだと思います。いまは子供の犯罪が増えているでしょ。イライラしてカッときて犯罪につながってしまう。寂しくて悩んでいるんですね。家庭で本当においしい料理を作ってもらってないんじゃないか心配です。

子供たちが疲れて帰ってきた時に“あなたが好きだと言ってた料理を作っておいたから食べなさい。嫌なことがあっても何とかなるから、とにかく食べなさい”といわれると、子供もとりあえず食べるでしょ。食べてる間はおいしいし、その時だけでも嫌なことから開放されるじゃないですか。気分が変わって違う考え方も生まれるかもしれない。そんな時間を奪ってはいけませんよね。

先日ね、友人が九州から来たんです。その人のお子さんが東京の大学に入学することになって、住む所を見に来たんだけれど、彼女がね、これからはお弁当を作れなくなるから寂しいって言うんです。

よく聞いてみるとその子のために中学、高校と毎朝5時に起きてお弁当を作っていたそうなんです。パンを買う子もいるらしいんだけれど、自分は煮たものを食べさせたいと朝からごぼうや里芋を煮て作っていたと言うんです。それがもう作らなくてよくなるのは寂しいと言うの。そういうお弁当を食べて育つとお母さんを愛すし、大切にしますよ。故郷を懐かしむだろうし、人に何かしてあげたいと思う子になると思うんです。

それにね、もう一つ素敵なお話があってね。うちで一年間お料理をお勉強して岩手の方にお嫁に行かれた方なんだけれど、お子さんが生まれた年の暮れにお世話になった方に何か作ってプレゼントしようと考えたんですって。自分の家族の分とその子をかわいがってくださるお隣のおばさんの分と二つのデコレーションケーキを作ったんですって。次の年の暮れにはお世話になったお医者さんなど差しあげたい方がどんどん増えていって。

私に毎年年賀状を下さるんだけれど「先生、去年のケーキ作りはいくつでした」って書いてあるの。「子どもが一緒に手伝ってくれるようになりました」なんて書いてあってね。最近お会いしたんだけれど、お嫁に行かれて一五年近くになって、ついにケーキは一三○個にもなったと言うの。子供と一緒に作るというのは素敵なことよね。その子に素晴らしいことを教えているんですよ。人様とのおつきあいを大切にするとか、心をこめて作ったものでお礼をするとか、人生の生き方を身をもって教えてあげていると思うんです。

ほんとに地味なこと、簡単なことでも愛情を何かの形にして態度で示せば、子供も分かると思うんですよ。口で言わなくても、何が大事なことか、どんなに素晴らしいこととかがね、分かるようになるんだと思うんです。

●江上栄子さんのプロフィル

佐賀県有田焼の窯元「香蘭社」深川家の出身。青山学院大学卒業後、昭和34年から35年にかけてフランス、パリコルドン・ブリュー料理学校最終課程まで終了。グラン・ディプロムを持つ。日本の食文化をこよなく愛し、その普及、伝幡に努めるとともに世界60カ国の料理について研究を重ね、諸外国との交流も盛んに行う。

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