だから素敵! あの人のヘルシートーク:漫画家・ちばてつやさん

1998.05.10 32号 4面

ビッグコミック(小学館)連載中の相撲漫画「のたり松太郎」も好調、これまで野球漫画の「誓いの魔球」、ボクシング漫画の「あしたのジョー」などたくさんのスポーツものを手掛けてきた巨匠ちばてつやさんの毎日は、作品通り実にアクティブなものらしい。名実ともにスポーツの素晴らしさを体現し表現してきた足跡と、ともすれば不健康に陥りがちな漫画家の日常を上手に規則的にキープしている術を、教えてもらった。

僕の一日の始まりですか。そうですね、起床は前の日の仕事の状況によるので幅があります。朝7時半から10時頃でしょうか。それから寝ぼけ顔のまま自転車に乗って二分の場所にあるテニスコートに行って、顔をジャブジャブ洗ってからテニスをします。

テニスはいいですよね。コートに行けば誰かしら友だちがいるので、ラケットだけ持っていけばできる。それにわりとハードだから短時間でたくさん汗がかけるし。終わったらクールダウンの体操をして、身体が冷えないうちに戻ってザブンと朝風呂。それから朝ご飯を食べて仕事に入る。まぁ、これが一番好きな一日の始まり方ですね。うんと忙しかったり天気が悪かったりして出来ない日もあるんだけれど。

えっ、健康的でビックリ? そうだよね。漫画家というと、昼夜取り違えて仕事している不健康なイメージがあるでしょう。僕も実はずっとそうだったんです。夜、仕事がのってきたからって続けてしまって気がついたら朝日がサンサン、あぁ朝になっちゃったという。健康には縁遠い、目茶苦茶な生活でした。そうやって無理すれば無理はきくんだけれど、次の一日、身体は元気でもなんか頭はぼーっとして集中できなくて潰れてしまう。結局同じだってことが分かって、少しくらい仕事が残ってもきょうは終わり、明日やりましょうと寝てしまうことにしたわけ。意識してやるようになったのは七~八年くらい前からかな。

スポーツは漫画を描いてきましたから、何でも好きですね。だけど最初、「誓いの魔球」という野球漫画を描き始めた時、僕あんまり野球好きじゃなかった。いや、本当です。子供の頃、課外授業で後楽園に連れて行ってもらってもゲームなんて全然見ないで、スコアボードがパタンって変わるのが面白いなぁって考えてたくらいだから。帰ってから「どっちが勝ったの」って聞かれても分からなかった。それくらい興味がなかったんです。

それが僕の編集の担当の人がとっても野球の好きな人でね。仕事場にグローブとかボールとか道具を持ってきてくれたわけ。で、フォークはこうやって投げるんだよとか、目の前で見せてくれる。スポッと抜けてユラユラしてストンと落ちるのを。アイデアに悩んでいる時に僕も一緒に投げたりしたら、すごく気持ちいい。そのうち表に出てキャッチボール。汗をかくとまたいい。うまく出来なかった仕事がスラスラと進んだりして。

それで、やっぱり身体動かすのって大切だなって気付いたんです。で、僕が知っている漫画家、松本零士さん、高橋真琴さん、その他編集の人に声をかけて「ホワイターズ」(漫画を描く時、修正に使うホワイトから)っていう野球チームを作りました。僕に野球を教えてくれた人はもちろん監督にしてね。それが三十何年前です。

僕はその野球漫画を描いたために本当に変わった。狭い部屋の中で背中丸くしてコツコツやる仕事でしょ。だから広い所に出て熱い汗をかくと、グッスリ眠れて仕事にもいい影響がある。仕事中は神経使って冷や汗かいているから(笑)。不健康な仕事の人がちょっと時間を盗んで身体を動かしたくなるというの、これはひとつの本能でしょうね。

もう少しまとまった時間がとれた時は、家族や仲間と伊豆の富戸にある仕事場を兼ねた家に行ってスキューバーダイビングをします。前はよく一○メートルくらい潜って、魚をモリで突いたりサザエやタコなんか採って食べたりした。いまはそこまではやらないけれど、その代わりちょっと面白い食道楽をしています。

波打ち際の岩の隙間にフジツボとかカメノテなんていう貝のザコみたいのがいっぱい付いているでしょ。あれを地元の漁師が使うような鈎型の道具を使ってガリガリいわせて採ってね、鍋で煮て味噌汁にする。別にアサリやシジミみたいに中身を取って食べるというわけじゃなくて、そのダシをきかせた汁をすするだけなんだけど、とにかくおいしい。塩くさい匂いがダメだっていう人もいるけれど、僕は好きなんだ。

そんなに好物ならっていうんで、そこを管理してもらっている人が冷凍して送ってくれたこともあったけれど、採れたてのものをその場で飲むのとは味が違うんだね。それからはやっぱり行った時の楽しみにすることにしました。

そうした休日の食事だけでなく、家の夕ご飯は家族やアシスタントたちと一緒だから大人数で食べますね、いまは一二~三人くらいでしょうか。子供たちが小さかった頃はもっとすごかったけれど。それでも普通の家からみたら、漫画の相撲部屋じゃないけれど合宿所みたいかもしれない。

僕は家で仕事をしているからあまり外食はしない。女房(ユキコ夫人)や台所を手伝ってくれている人が、一生懸命バランスを考えて作ってくれる。そういうものを食べてきたという部分は、僕の長く続けた健康法かもしれない。

ずーっと長い間スポーツ漫画を描いてきたけれど、これから先、例えば一○年後とかの話で、手掛けてみたい別のテーマがあります。自然の中で遊ぶのが好きなこともあって、地球環境問題とか自然を大切にする気持ちを漫画で分かりやすく伝えられないかなって。僕はいままで漫画っていうのはまず読んで楽しい、面白い、それで読んだ後少し元気な気持ちが起こる、こういうことが一番大切だと思ってきたし、それは変わらない。だからこういうテーマを描くのは、なかなか難しいことです。

でも人間だけですよね、生きていることで地球を痛めつけているのって。動物たちは誰も汚さない。自分の必要な分だけ食べる。何かを蓄えて自分だけラクしようなんてしないでしょ。人間ばかりゴミ出したり、変なガス出したり、海を汚したり。何らかの理由で地球から人間が滅びてしまったら、地球はまた素晴らしい緑を取り戻すだろうし、海もきれいになるだろうなって。地球にとって人間っていうのはガンなのかもしれない。でも僕はガンになりたくないし、みんなもそうだろうからね。

こんなことを考えたのは、実はね。僕は漫画家だから本がどんどん、どんどん売れればいいなと思っていた時期があった。でもある時に思ったんです。僕の本が何冊になるか分からないけれど、あれ、もしかして南洋の木をずいぶんと切り倒してしまったことになるのかなって。がく然としましたね。

もちろん漫画というのは子供にも非常に分かりやすいし、あんまり字が読めなくても例えば外国の人でも楽しんでもらえるというように、とてもいい面があります。海外でもずいぶん読んでもらっているんですね。だからこそ、地球規摸で考えを伝えられる媒体だからこそ何か地球のために、そう地球のヘルシーを維持していくために役にたてないかなと、そんなことをいま考えています。

●ちばてつやさんのプロフィル

昭和14年旧満州生まれ。昭和31年高校2年生の時、「復習のせむし男」でデビュー。代表作に「ハリスの旋風」、「あしたのジョー」など。「おれは鉄平」で講談社出版文化賞、「のたり松太郎」で日本漫画家協会特別賞と小学館漫画賞を受賞。

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