だから素敵! あの人のヘルシートーク 脚本家・剣持 亘さん
今月のヘルシートークのお客さまは、映画・TVの脚本家の劍持亘さん。映画の撮影で日本各地、海外などを回る日常柄、いまでこそ大変な食道楽の劍持さんだが、実は仕事始めの頃は“食わず嫌い”が強く苦労話も多かったという。「苦手な食べ物が多くて」困っている人、ぜひ参考にしていただきたいインタビューだ。
僕、実はね、食べ物に対してすごく貧しい発想でわがままな時代があったんです。映画のシナリオライターを本業とする前に出版社の仕事をしていた頃があったんだけれど、これは本当に不規則な仕事でねぇ。何よりたった一人で集中してやるからという要素が大きかったんだけれど、もう追い込まれると家でも徹夜、出版社でも泊り込みという毎日。ご飯は遅くまでやっているラーメン屋で、とにかくお腹がいっぱいになればそれでいいやという感覚で。食べることに対してほとんど興味がなかったんだろうな。食べたことのないものなんて、「あれが自分の口に入ったらどんな感じがするか分からない。そんなもの不安に脅えて手が出せない」という感じ(笑)。
それが変わったのは映画の仕事をするようになって、いい舞台になりそうな場所を探して監督とか美術の担当者とかカメラマンとかみんなで、あっちこっち行くようになってから。ロケーションハンティングとかシナリオハンティングとかいわれる作業をするようになってからです。
最初のうちは大変でした。土地の人は一生懸命ご馳走を用意してくれるでしょ。でも一緒に仕事をしたり生活をともにしたりすると、仲間同士でそのうちそれぞれの手のうちが分かってくる。何が好きとか、あれがダメとか。僕の弱点は何より食べ物に対して、食わず嫌いなものがたくさんあるってことだったから、周りの人がすごくその辺をかばってくれてね。みんながうわーって食べている時に、僕はとりあえず料理には手を出さないでお酒を楽しんでいる風にしてる。その間、仲良しの美術監督が隣に座ってくれてね、「ケンケン(劍持さんのあだ名)これは大丈夫」「これは難しいかな、やめておいた方がいい」なんて合図して教えてくれるの。で、初めて恐る恐る箸をつけてね。
そんなことを重ねているうちに不思議なことに段々とおいしいと思えるものが増えていって。その過程でいかにいままでの食べ方がいけなかったのか、痛感しましたね。おいしいものを誰かと一緒に食べるっていうこと、これ、すごく人と触れ合うってことですよね。それをいままでやらなかったのは僕の性格的にすごくいけなかったことだなぁと。食べることが僕の人格を変えていったといってもいいかもしれない。
食わず嫌いが一転して食道楽になって。そうするとその土地の素材の独特のおいしさが分かるようになりますよね。東京の高級レストランで食事して分かったようなふりをしていても、それではダメなんだと。やはりその土地に行かないと本当の良さっていうのは分からないんだなって思う。
これはまだ僕が食わず嫌い時代の話です。三島由紀夫さん原作の「潮騒」という作品を堀ちえみさん、鶴見辰吾さん主演で映画化した時のこと。映画化の条件としてね、原作通りの神島って所で撮らなくてはいけなくて、とにかくそこへ行きました。小さな島でね、そこに一週間くらいいて最初は魚とかおいしいものをいっぱい食べたなぁ。
でもそのうち目新しい物がなくなっちゃうでしょ。で、一つだけあるっていう小っちゃな喫茶店に行ってね、麺類とか食べられない? って聞いたの。そしたら、うどんがあるという。早速頼んだら、なんか丼が温かくてツユが入っていない不思議なうどんが出てきた。僕らの目から見たらソースみたいな色のツユが添えてあって。とてもじゃないけど濃くて食べられないと思って「お湯下さい」って普通の素うどんみたいにして食べたら、地元の人にプッて笑われてしまった。
それは伊勢うどんという名前のその土地の常食でした。もちろん伊勢の鳥羽から海をわたってきたものなんだけれど、土地の人はおやつ替わりみたいにおいしそうによく食べるという。実際に食べてみたらそんなに濃いツユってわけじゃなかった。釜揚げのうどんに生姜なんかちょっと入れてお醤油をかけて食べるというの、あるでしょ。僕はそういう食べ方を知らなかったんです。
僕ね、その時うんと嫌な顔したと思うんだ。それで「お湯ちょうだい」って。シマッタと思った。恥ずかしいと思いましたね。それからですね、ソバ党だったのにいきなりうどんに凝るようになっちゃって。四国に行ってうどん屋さん巡りをしたりね(笑)。
ここのところ、僕、頬っぺがすごく太っちゃって。それを昔からよく知っている女優さんにパーティーで指摘されてね。最初、「いやぁ、そんなことないよ、体重変わってないもの」って反論したんだけれど、「でもちゃんとお肉がついてる。ケンケン、最近脚本のお仕事が忙しくてあんまり人と話してないでしょう」って言われて、ハッとした。
女優さんっていうのは人としゃべるのが仕事だから、少しその間があいたりするとすぐ自分の顔の変化が分かるんだって。だからそういう時は自宅で顔の筋肉を動かすトレーニングをするらしい。顔には何十もの筋肉があるらしいんだよね。ナルホド、女優らしいアドバイスだなと感心した。「カラオケだっていいのよ。そうすればまた以前みたいなすっきりした頬っぺに戻るから」って言ってくれて。でもだったら、やはりみんなでロケハンにいった方が楽しいよね。
原稿を書くのは夜。やはり静かな方が集中しますね、これはいまでも変わらない(笑)。コーヒーとかお茶を飲みながらという人もいるけれど、僕の場合は焼酎のうすーい水割りをなめて喉湿しをしながら書いてます(笑)。少ーしのアルコールで、筆が進むっていうかひらめきが浮かぶっていう部分があるんですね。
よく作品のモチーフとかどういうふうに発想するんですかとか聞かれるんだけれど、昔の記憶、忘れられない思い出ってあるでしょ。どうしようかどうしようかと悩んでいる時に、そういうのがふっと吹き出してくるんですね。子供の頃の話とか思い出して、「そうだ、あの人のことを書いてみよう」というような。だから、大事なのはそうした記憶、人と出会ったことなんかを忘れないということなのかもしれない。それが咀嚼されて何かを書かせてくれるんだと思います。
あの、あみだくじってあるでしょ。おやつのお使いに誰が行くかっていう時にやる、あれ。アイデアをひねりだす時ってあれに近い気がする。後から一本ずつ線を入れていくと結果とんでもないところに行っちゃう、あれ。方程式のように知性的になり過ぎていても面白いものって出てこないじゃない? だから、ちょっとのアルコールがいいんです。呑んべえのいい訳ですけれどね(笑)。
食事のシーンを書き込んだ思い出ですか?。うーん、シナリオの面白さ、難しさはね、あまり書き込み過ぎてはいけないということなんですね。イメージはあるよ、もちろん。でも例えばその魚がサンマなのか、タイなのか限定してしまうと、後で身動きしにくいでしょ。シナリオはあくまでもその後の撮影現場でいろいろに変化する生き物、素材だから。その後のクリエーターたちがたくさんのアイデアを重ねやすいよう、あえてあっさりとまとめるのが技量。だから、シナリオハンティングして食べ物のエピソードをたくさん拾っても、具体的なことは表現しないことが多いですね。そのくらい食べ物の書き込みって影響力が大きい。味覚の思いは行間と胃袋に、というところでしょうか(笑)。
●劍持亘さんのプロフィル
一九四五年神奈川県小田原市生まれ。六七年、上京後、フリーのライターとして漫画原作や児童読物を書きながら、シナリオ作法を小国英男さん、井手俊郎さんに師事し、七二年「ゴキブリ刑事」でデビュー。日本シナリオ作家協会会員。主な作品は、「青い山脈」「俺たちの旅」「転校生」「時をかける少女」「童謡物語」「走れ!白いオオカミ」など。「中学生が“キレる”事件が相次いでいる中、児童物、青春物の作家として、状況に変化を与える力を持つ新たな作品を創り出していきたい」と、現在、意欲的に執筆中。