ようこそ医薬・バイオ室へ:キヨシ研究員の雑記帳 “めまい”初体験
いきなり私事で恐縮だが、先日、朝目を覚まして、布団の上で上半身を起こすと、回転性のめまいがして後ろへパタッと倒れてしまった。しばらく横になっていたが、身体の向きを変えただけで頭の中がグルグル回り出す。
「こ、これがめまいというものだろうか」
と初体験にびっくりした。
とりあえず落ち着くのを待って、サラリーマンの義務として会社に年休の連絡を入れ、近くの大学病院へ出かけた。この大学病院には、「めまい外来」もあるのだが、いつも診てもらって勝手を知っている内科の先生を受診した。
まず血圧を測ると、いつもより高い。よく家庭で血圧を測ると低いが、病院で白衣の人に測られると高くなる「白衣現象」(白衣性高血圧)というのがある。私はどちらかというと美人ナースに限定してこの現象が起きる方なので、その日はそんな心配はなかった。
先生は、
「急に血圧が上がったせいでしょう」
と言う。血圧だけ測って血圧が原因というのも少し乱暴な気もするが、的を得た診療と言えなくもない。
「何かストレスはありませんか、仕事とか家庭とか」「なくはないと思いますが、比較的少ない方だと思います」
と答えた。
先生はしばし考えた後、「自律神経かもしれませんね。リーゼでも出しておきましょう」
と言って端末を叩き、薬を処方した。
「リーゼでも」
と言われてもどんな薬か皆目分からない。家に帰って早速「あなたの病院の薬」(講談社)で調べると、「抗不安剤」とある。
適用は神経症や自律神経失調症の不安、緊張、抑うつとあり、成分はベンゾジアゼピン系のクロチアゼパムである。
この本には、服用前、服用中の注意や副作用も細かく載っているので、私は病院で薬をもらったら必ずこれで確認するようにしている。
別に信用していないわけではないが、薬剤師も人間である以上、一定の確率でヒューマンエラーがあるはずだから、人の薬が自分の袋に入っていないとも限らない。
もらった薬の名前、剤型、適用、注意点、副作用と言った最低限の情報を書いた紙を薬の袋の中に入れてくれれば私たちもチェックできるし、服用にも気を付けると思うのだが。
少し横道にそれたが、私がもらった薬の成分であるクロチアゼパムをその後、研究室に戻って調べると、「作用持続の半減期は一〇時間以内、抗不安作用は弱~中程度で、筋弛緩作用は強く、不安を和らげるだけでなく自律神経を安定させる作用もある」とある。
本当はここまで調べてやっと「一日二回飲めば効果が保たれ、先生が言っていた自律神経も安定するわけか。筋弛緩作用は強いとあるから、車の運転は控えた方が無難だな」と納得できるわけだ。
ところで、薬の開発には前臨床試験と臨床試験があって、前臨床が動物、臨床が人間を対象に薬効その他の厳しい試験をするわけだが、前述の抗不安作用の動物試験は面白い。
どんな試験かというと、まず空腹のねずみ(ラット)をカゴに閉じこめるのだが、このカゴにはレバーを押すと餌が出る仕掛けと、カゴの底から電流が流れねずみにフットショックを与える仕掛けが施されている。
ねずみにはいろいろな薬を与える。足からのビリビリとした電気ショックに見舞われる中、そのショックに対抗してどのくらいねずみがレバーを押して餌を食べるかを調べるのである。つまり、電気ショックというストレスや不安に感じなくなる、またそれに打ち勝って、食い気を発揮させる薬が、効く薬と判定できるわけだ。
もう一つ、同じく前述の筋弛緩作用については別の実験をする。これは回転する太い棒の上に薬を与えたねずみを置いて、ねずみがすぐに下に落ちたら筋弛緩作用が強い、落ちなければ筋弛緩作用がないと判断する。我知らず、いろいろな薬を与えられた上に、これまた我知らず、様々なエクササイズをさせられているのだから、ねずみも大変だ。
しかし一方で人間はよくぞそんな実験系を考えつくと感心する気もする。いずれも人間の臨床試験と高い相関関係があるというから驚きである。こうやって開発した抗不安剤には、ナントカ受容体に結合して、イオンチャンネルをどうして、シナプスがどうなって神経興奮性が抑制され、不安が軽減する効果があるとかいう、おどろおどろしいメカニズムが大体確認されていて、その結果視床下部周辺で不安を惹起するモンダイ物質、ノルアドレナリンの放出を抑制するらしい。
で、話を元に戻すと、私の頭の中のグルグルとした回転性のめまいは、翌日にはケロッとまではいかないが、かなりのところ止まったのである。血圧も正常に戻っていたので、一応薬が効いたものと思う。
となると、あの薬が効いたということは、やはりストレスによる自律神経失調症だったのであろうか。健康だけがとり柄、ストレスなんて皆無と思っていたが、仕事をしているうちに、知らぬ間にモンダイのストレスと戦っていたらしい。ま、これで一人前のサラリーマンに一歩近づいた証拠かもしれない。
((株)ジャパンエナジー医薬・バイオ研究所=高橋清)