らいらっく人生学:人生への挑戦が若さを保つ

1997.03.10 18号 18面

今年、六〇歳を超える友人が「いつか、どこかで僕にぴったりの、最後の理想的な女性に巡り合える……。ずっとそう思ってきたんだ。今でもな」というから笑ってしまう。

結構、“古女房”とは仲がよく、すでに立派な社会人になっている息子二人からも尊敬されている。長身で黒い髪はふさふさ、四〇代といっても通用しそうな甘いマスク。もてないはずはないのだが、女たらしでないところがこの人物のいいところで、“キザな言葉”も辛うじて我慢できるのである。

このK氏が、心身ともに若さを保っていることに、筆者はずっと興味をもって眺めてきた。

大学時代から写真クラブに所属して、全国紙のカメラマンに採用されたのだから、まずは順調なスタートだった。ところが五年ほどで退職、独立して事務所を開く。

付き合いができたのは、事務所がそれなりに繁盛し始めた四〇代を過ぎたころだが、仕事に同行すると、女性にもてるのはいつもK氏だった。

注文に応じて新聞・雑誌の企画、人物、記念写真、社史などの資料写真となんでもこなし、丁寧とはいえなくても質は水準を抜いており、しかも早かった。だが、こうしたことは身過ぎ世過ぎの類で、「本質は別のところに置いてありますよ」といった雰囲気があるのが気になっていた。

五〇代の後半に入って間もなく、事務所の仕事は続けながら、私立大学の写真学科の教授に就任した。それで初めて知ったのだが、難解な個展を開いたりして、その筋ではかなりの評価のある芸術写真家であり、「いや、いや、全然、金にならないんだ」といいながら“本業”はこちらにあった様子である。

「このところ、アイルランドにはまってしまって、休みがとれると出かけることにしている。これがライフワークになる予感がある……」。

この地の農民は、祖父から父、子へと代々、海岸から海藻を岩盤の上に引き上げて、わずかにでてきた土壌に農作物を育て、生業としている。人々がしがみつくように生活している、その荒涼とした風土に、たまらなく魅力を覚えるという。

そういえば、彼の年賀状であったか。薄く積もった雪の大地に貧しい農家とおぼしい小屋があり、古びてところどころしみのある壁もまた白い。ほぼ中央に黄色の枠取りをした大きな窓がある……ただ、それだけの写真だが、彼の心象風景だったのだろうか。

欲求不満に似た期待を抱きながら、人生への挑戦を続けることに、K氏の若さがあった、というふうにも思えるのだ。

だが、黄色の窓を開いて小屋に入ると、白い煙が立ちのぼり、彼は一瞬のうちに白髪のおじいさんになり果てるのではなかろうか。

購読プランはこちら

非会員の方はこちら

続きを読む

会員の方はこちら

関連ワード: アイル