ロマンかきたてる幻の民族の伝統食「ダッタンそば」 これぞ中国4001年の味

1997.04.10 19号 20面

司馬遼太郎の小説に「鞭靼疾風録」というのがある。ダッタンとは古くは、ロシアのウラル山脈西方タタール地区モンゴル人の一部族を指したが、その後、中国からみて東北地域の少数民族全体の呼び名として使われるようになった。ロシアの民族オペラ「イーゴリ公」第二幕中で披露される「ダッタン人の踊り」としてもその名は有名だ。

そのダッタン部族が主食としていたのがダッタンそば。ほろにが味があるので、中国では「苦(にが)そば」と呼ばれている。これを主食とする民族には成人病が非常に少ない。漢方薬としても扱われているという。

日本でも昔から「蕎麦好きは長生き」といわれてきたのは、そばの効能を知らず知らずに体得していたからのようだ。

ダッタンそばの主産地は、中国雲南省や四川省、ネパール、ブータンの海抜二○○○~三五○○mの高地。雲南では、八月末から九月中ごろ、黄緑色の花の上をミツバチが飛び交うダッタンそば畑が山一面に広がる。

この地のイー族は、ほとんど毎食苦そばを食べる。苦そばの粉に水を混ぜ、それを火にかけさらによく混ぜ合わせる。ボールに移し室温で冷やし固め、ドーム形の巨大そばがきをつくる。そしてそれを切るのに、彼らは包丁ではなく、曲げた竹に糸を張ったものを使う。この地方独特の調理器具だ。手前側に引いて切る。イー族の女性は手早くスーッスーッと同じ太さに切っていく。縦横に切って棒状にしたものをざるの上に並べて干す。でき上がったものは、まるでウナギの骨のよう。

水資源がそれほど豊富でないこの地では、ゆでて水にさらす「もりそば」的な調理法は見られない。油で揚げるか、お焼きのように焼くかが主流だ。水を使わずにしかもそばをおいしく食べたい、という必要性から、日本にはない豊かな技法と独特の食文化が発達した。

ポリポリカリカリ。油で揚げた苦そばは、どこかなつかしい素朴な味。そばの葉のおひたしや、肉炒めなど、おかずと一緒に食べる。短い夏と厳しく長い冬が繰り返される高地に暮らす人々の生きる知恵が、詰め込まれている。

朝霧につつまれた広大な高原に、羊や山羊を追う牧童たちの声が響きわたる。これがダッタンそばの故郷。高地特有の昼夜の温度差は良質のそばをつくる最適条件だ。

きらきらと輝く太陽の下、大自然の天然肥料で培われたダッタンそばは、まさにいま私たちが求めるオーガニックフードだ。また、ダッタンそばは砂漠地帯でも栽培できる穀物なので、二十一世紀の食糧源として期待の声も高い。もとは少数民族の主食だったダッタンそば。未来へ向けてその食文化は広がりつつある。

えーっ、そばが黄色! ダッタンそばには普通のそばの二○○倍ものルチンが含まれているのでそばが黄色くなる。このルチンはビタミンPの一種で、動脈硬化、高血圧症などの予防に有効な成分。ビタミンEが豊富であることから美容効果も期待される。

▽取材協力・資料提供=(株)イナサワ商店、東京都北区西ヶ原一ノ六ノ一二 TEL03・3918・4945

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