滋味真求:羽田で食す江戸前天ぷら「さわだや」

1997.07.10 22号 18面

鮨、天ぷら、蕎麦、うなぎ…これが江戸の四大食い物だそうだが、なるほど鮨、天ぷら、うなぎ、すべてに江戸城前方に広がる江戸湾?

つまり江戸前の海で捕れる魚介類が使用されている。蕎麦にしても種物の海老は、現代ではまったく捕れなくなったが、芝浜で捕れる芝海老をかき揚げに使うわけだから、江戸前の食い物と江戸っ子が鼻を高くしたのも無理からぬことである。

さて昔は漁師の町であった羽田は、いまでは東京の空の玄関口として何とかバードなどという、ミラノのガレリアのようなガラス張りの巨大新空港ビルが威容を誇り、漁師町の面影などさらさらないが、それでも漁業組合員は数十軒あるとのこと。

この街の片すみに羽田沖で捕れた新鮮な魚介類を使って商いをしている『さわだや』という小料理屋がある。店主の澤田勉さんの話によると、ここ羽田で店を開いて二八年ほどになるが、当初のころ羽田で捕れる魚は、油臭くてとても食えた代物ではなかったとのこと。しかし東京オリンピック、高速道路建設などの高度成長時代が終わり、公害問題が提議されるようになり、工場排水、生活汚水などの流入が少なくなった昭和52年ころから、羽田の海は目に見えてきれいになってきたという。

海がきれいになれば、岡に上がった河童同然の漁師も、水を得た魚のごとく毎へ戻ってきたそうだ。そのころから『さわだや』では漁民が持ち込んだ羽田沖の魚介類を使って、磯料理を始めたところ、以前漁をしていた人たちが懐かしんでつめかけて来て、たいへんな繁盛ぶりとなった。

それ以来、羽田沖の魚介類を使い商いをしているが、江戸前の天ぷらは『さわだや』の名物料理である。もっとも天ぷらといってもウニやタラバ蟹、松茸などを使う値段だけが高級といった天ぶらではなく、江戸庶民が屋台の天ぷら屋で食べていたような、きす、めごち、はぜ、穴子など、羽田沖で捕れる新鮮な磯魚をきりりと揚げて食べさせてくれる。

初夏までは運がよければ極上のぎんぽの天ぷらにありつけることがある。また多摩川の河口で捕れる川海老というか、漁師がボサ海老といっている小海老のかき湯げも乙なものである。また羽田沖のアサリは今が最盛期なので酒蒸し、あさりいため、あさりの味噌椀と、捕れたてのアサリを存分に味わえる。

油がどうの、天つゆがどうの、ネタがどうのと能書きをいう店ではなく、一杯ひっかけてアツアツの天ぷらで飯を食う、といったようなきわめて庶民的な所だから、懐具合をあまり心配せず、存分に天ぷらを味わってもらいたい。ここの店主がまたすごぶる味のある人物で、虎ノ門の料理屋の若旦那だったが、お定まりの道楽?

でプイと生家を飛び出し、乙な色模様もあったようだが、三〇年前にこの地に居を構え小料理屋を始めたとのこと。いまはそんなことはオクピにも出さない好々爺然としているが、まだまだ血の気が多く、巨人軍が負けるとカッカとして客とも口論?

するそうである。もっともこれはお内儀さんの話だから少しは割り引いて聞いた方がいいかも知れないが…。一杯ひっかけ、天つゆがジューというようなアツアツの天ぷらを食い、店主に羽田今昔を聞くのも一興である。

天ぷら定食一三〇〇円。天ぷら盛り合わせ一〇〇〇円。あなご天ぷら一〇〇〇円。めごち天ぷら一〇〇〇円。はぜ天ぷら一〇〇〇円。穴子天ぷら一〇〇〇円。ポサ海老かき揚げ一〇〇〇円。ぎんぽ天ぷら一五〇〇円。アサリ炒め六〇〇円。

酒は神聖本醸造、ビールはキリンの生、瓶あり。カウンター八席、座敷二〇席ほどだが、羽田の雰囲気を味わうのならカウンターがおすすめ。営業時間・午後5時~11時30分休日・月曜日住所・大田区羽田4-22-8。電話03・3744・7956交通・京浜急行空港線・穴守稲荷駅下車数分

(食神クラブ主宰 花澤鎮男)

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