ようこそ医薬・バイオ室へ:乗り物酔いはナゼ起こる?

1998.02.10 29号 7面

いまでもそうだと思うが、小学生の遠足で悪ガキはバスの後ろの方で平気に騒ぎ、おとなしい女の子ほど前の方でビニール袋を持って青い顔をしていたものである。

この車酔いは、一般に男性より女性、大人より子供の方が弱いとされる。要するに繊細な人の方が乗り物に弱いらしい。

船酔いの記録は古くヒポクラテスの時代にもある。トラファルガ海戦の英雄であるイギリス海軍ネルソン提督も船酔いに悩まされていた。また、ナポレオンのフランス軍隊でもラクダ酔いのために任務が果たせなかったこともあったという。

これらの車酔い、船酔い、ラクダ酔いなどの動揺による不快症状を「動揺病」と呼び、激しい動画を見て起こるシネラマ酔いや、シミュレーター酔いもこれに含めている。

この動揺病の原因として、最近では「感覚矛盾説」が有力となっている。つまり耳や目からの情報が、耳目間や過去の経験と矛盾するときに、「一過性の自律神経失調状態」が起こり、気持ち悪くなるというものである。

もう少し詳しく説明すると、耳からの情報は内耳にある前庭器、すなわち三半規管と耳石器からもたらされる。

三半規管は半円形の管が三つ互いに垂直に組み合わさった構造で、中はリンパ液で満たされている。このリンパ液の対流を通して頭部の角加速度(回転)を検出する。耳石器は両内耳に二個ずつ計四個あって、これはいわば繊毛の上に石が乗った構造をしており、石の動きによって頭部に加わる直線加速後(上下動)を検出する。

また、視覚器(眼)も身体の運動・傾きの検知に重要な役割を担っており、自分の乗っている電車は止まっているのに、隣の電車が動いているのを見て、自分の電車が動き出したような錯覚をするのはそのためである。

これらの前庭器と視覚器から来た情報は脳の中枢で統合され、その際に過去の経験と照らし合わされて、三次元における自分の位置、姿勢、運動を知覚する。しかし、乗り物に乗っているときのように、身体の外部からの動揺が加わると、これらの感覚情報間に矛盾(ズレ)が生じることがある。

このズレが過去の経験によって補正できないほど大きい時に自律神経失調状態に陥る。これが乗り物酔いである。

例えば、船に乗って波を見ていると、ゆっくり上下する前庭情報に対して、視覚情報は次々と寄せてくる波になる。これらの情報は波動の位相が異なるため、両者の感覚にズレが生じて気持ち悪くなる。

また、車の中で本を読むと、前庭情報では確かに動いているのに、視覚情報では本の字を追っているために移動していないという矛盾した情報が中枢に送られ、自律神経が混乱する。

よく車を運転していると酔わないが、助手席に乗ると酔うという人がいる。これは自分が能動的に行うときは、予測しながら動作を行っているので大丈夫なのだが、受動的なときには脳で予測ができずに酔いが生じやすいことを示している。

で、そのズレを少なくすれば酔わないわけだが、この方法が難しい。多くの場合、寝てしまえば脳が休んでいるので、ズレの生じようがない。ただし、船釣りのように寝ることができない場合には、うなだれたりせず背筋を伸ばして、頭を動かさないようにして、水平線や遠くの地形を見るとよいという。しかし、当然限度があるので、無責任のようだが過去の経験を増やすこと、つまり慣れることが一番のようである。

ところで、最近では宇宙酔いが問題となっている。初期のアポロ時代には身体がほとんど固定されていたので宇宙酔いの問題はあまりなかったが、最近は船内活動で自由に動けるようになってますます宇宙病がひどくなっているらしい。宇宙旅行の最大の障害はこの宇宙酔いかもしれない。

((株)ジャパン・エナジー医薬バイオ研究所 高橋清)

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