だから素敵! あの人のヘルシートーク 登山家・医師今井通子さん
世界初の女性アルプス三大北壁完登など、登山家として輝かしい実績を持つ今井通子さんは、医師というもうひとつの顔の知識、経験をもとに大変な食の評論家としても知られている。「食の問題、健康問題、環境問題はすべてひとつのもの」。エネルギッシュに語る今井さんのお話を聞いていると、自分で考えて行動しなくては健康も豊かさも手に入れられないことを実感するとともに、難しい問題をシンプルに良い方向に導いていく考え方を学べそうだ。
身体にいい食べ方の基本を身につけたのは、自分が医者になっていく過程でというよりも子供の頃、家庭で厳しく教えられたことによるところが大きいですね。両親とも医者で忙しいこともあり、家には私たち子供の面倒をみてくれる姉やさんという人がいました。貧しい農家の出身の女性で昔のことだからそれこそ売られてくるみたいなかたちで家に来た。だから小学校三年生くらいしか学校に行けなかったんだけれど、とても知的好奇心の強い人でね。NHKの科学番組とかよく見ていて、例えば「レモンの皮は良くないから紅茶には皮を剥いて入れましょう」とか、食品の安全性の考え方を自然に教えてくれたんです。いまは割とよく耳にする情報でも昔は家以外では聞かないことが多かった。
姉やさんは字を書かせると平仮名くらいしか書けないんだけれど、生活に密着した自分たちの身を守る問題を考えるということでは、とび抜けてセンスがあった。この部分は自分で考えていかなければならないというセレクトができる人だったんですね。いまの子供たちは学校教育で教えられたことはわかるし知識もあるけれど、逆にセンスを持っていない。どうしても自分で考えなくてはいけない部分をセレクトできない。問題ですね。
大人においてももちろん同じ、その時々、場面場面で、考えて選んでいかなくてはならないことがたくさんあります。例えばいまの季節、旅行シーズンですが、私たちは当然自然のエリアにその場所を選んで、海外の山に行く機会もあります。
こういった場合、場所によって気をつけなくてはならないことが違うんですね。例えば、アジアやアフリカに行った時に注意しなくてはならないのはばい菌だとかビールスとか生物学的な汚染です。調理の段階は決して衛生的とはいえない。でもその代わり、作物は化学肥料を使ったり農薬で虫を殺したりして作られていないから、こちらの心配はしなくていいわけです。だから食器等は自分で煮沸して使う、生の野菜は食べない、どうしても食べる場合は出てきたお茶で一回洗ってからにするなどの工夫をすれば問題は防げます。
中国などでは本当はなま物はほとんどないんです。そういう環境の中で問題を起こさないよう、全部火を通すか、フカヒレのように天日干しで一回乾燥したものを使う。これは大変な文化、生活の知恵ですよね。しかも例えばシイタケなんかはこんな大きなのを、太陽の光をいっぱい吸収させビタミンDを吸着させて小さくする。だから乾燥物の方が成分的に優れています。本当は現地のそうした環境文化に沿った食事の方がいいのに、日本人が「サラダが欲しい」なんて言い続けたものだからこれが出るようになって逆に危なくなっているんです(笑)。
一方、欧米諸国に行く時は化学物質による汚染の問題を気にしなくてはなりません。各国によって基準が違いますからね。でもこちらの問題はいまは日本が一番心配しなくてはならないかもしれません。ヨーロッパでは六〇年代に消費者が輸入農産物についている化学薬品を嫌って、自分の家の裏庭で野菜を作ることがはやり始めました。それを受けて国の政策も進み一大農業国となって、八〇年代には農業を輸出産業までもっていった歴史があります。日本も大いにそのあたり、勉強すべきだと思います。
ウチの山のクラブ、「クラブ・ベルソー」のメンバーは本当に食べることを考えることが好きですね。パンを作るのにも粉は北海道産のものを銘柄指定したり、さくら印の蜂蜜を買ったり、昆布を比べてみたり。お茶はいま燕龍茶に凝っています。食事のバランスが悪い時でも脂を吸収するようですね。情報は私が出したり、メンバーから出てきたり。皆きちんと試したり成分表を確かめたりして研究しています。
良しとする基準は世間一般とちょっと違うみたいですね。例えばコメだったら、一般には「新潟・魚沼のタンボのコメがおいしい」とか、そういう話がよく聞かれますよね。ところがウチのクラブの場合は、「あの場所のタンボならほとんど人が行けないから山奥の沢水が流れていて絶対いいはず」とか、そんな見方です。この分野は研究が高じて、実際に白馬でコメ作りを始めてからもう五年になります。
山登りのクラブといっても登山だけでなく、植物とか動物とか土とか空気とか、そういう自然物と付き合うことを楽しむのが私たちのやりかたですね。谷渡りが鳴けば誰かがすぐに真似して口笛を吹いたりします。そうすると鳥の方も自分を呼んでいるんだと思ってもう一度、コールしてきたりします。聞いている方が「いまのが人間の方?」って思うくらいまで鳥とやり合って遊ぶ。遊びというのは動物や子供に戻るみたいな要素があるようです。
環境問題が叫ばれていますが、これは結局のところ、人間の健康問題なんだと私は思います。鯨やイルカは可愛いから殺してはいけないとか、ゴミ処理の時、問題物質の出る素材は地球を痛めつけるからやめようとか、そういう遠回しの議論をしているから、進まないのではと。全部人間の身体の問題なんだと、一五、六年前から言い続けているんですが、特に当時は大変セルフィッシュな、わがままな考えだと非難されました。
でもどうでしょうか。「地球にやさしく」なんていうけれど、環境がどうなろうと地球は困りはしないんです。人間や動物が全部いなくなったって地球は隕石にぶつかりでもしない限り、変わりなく回っているでしょう。困るのは自分たちなんだって、そこまで引っ張り寄せなくては真剣に環境問題なんて考えられません。人間に危ないものは動物にも植物にも危ない。だから人間が危ないようなことまでしてラクをしたり楽しもうと思ったりするからいけないんだと。自分たち生命体が危なくないやり方でそれでもなお文化的、文明的に生きられる、そういう方法を考えるのが人間の使命なのだと思います。自然が持っている循環を断ち切ることなく、その余祿をとってきて、その代わり自然にもいいことをしてあげる。バーター条件は自分たちを生かす知恵です。
「人間というのは偉いんだ、だから地球のことを考えてあげなくては」、そんなエラそうな考え方に日本人は陥っているという気がします。弱みをさらけ出して「なんとかして」「助けてくれ」とは言えない民族になっている。こんなに大赤字を出して大変なくせに、ODAでどこどこを助けなくてはなんて言っているでしょう。おかしいです。「自分のために」なんていう考えは最低だという人もいますが、私は違います。「自分のために」と考えてこそ最高のことができると。自分が傷つかないようにするためにと考えて、初めて物事は進んでいく、そう思うんです。
健康のために栄養、運動、休養の三つをポイントにバランスをとりましょうなんて話もありますが、いまはそれだけではダメです。「いい環境の中で」という絶対条件を入れなくては。いい空気の中でお弁当を食べるとおいしいですよね。あれにはちゃんと理由があるんです。家の中よりも戸外、それもただの戸外よりも森林の中の方が唾液の分泌はいいし、消化能力も上がります。人間の身体は自然のいい環境にいる時、一番よく機能する、そういう風にできているんです。動物ですからね。ね、健康問題は環境問題でしょう。
●今井通子さんのプロフィル 一九四二年東京生まれ。東京女子医科大学卒業後、六七年、同大学泌尿器科医師に。現在は同大付属病院腎総合医療センター泌尿器科非常勤講師を務める。一方、六七年、女性パーティー遠征隊長としてマッターホルンの北壁登頂に成功してから、アイガー、グランド・ジョラスを次々と踏破し、女性として世界初の三大北壁完登者に。八五年チョモランマ(エベレスト)北壁の冬季世界最高到達地点八四五〇メートルをマーク。八六年には北朝鮮最高峰の白頭山冬季登頂を果たしている。
9月27日、東京・高尾山にて行われる「森林走遊学大会」にも出場。「マラソン、森林作業、森林観察、コンサートと盛りだくさんの内容。高尾山の森林整備を支援するチャリティーイベントでもあります」と今井さんは広く参加を呼びかけている。問い合わせはTel03・5684・8113