あの山登ろこの指とまれ:三半規管はバランスの素
普段でもよく転んだり、階段でつまづいたりしていた方が、山歩きを始めて一年後、気がついたら日常生活でも以前のように転ぶことがなくなったと喜んで話してくれたことがある。
それは山歩きを続けることで、知らず知らずに足の筋力が鍛えられ、さらに不整地を歩くことでバランスも良くなったのだろうと、また一つ山歩きの効用を確認したのである。
人間のバランス情報は、内耳にある三半規管が受け持っている。三半規管は互いに直角に上下、左右、水平方向と三次元で交わっている半円状の管からなっている。管の中にはリンパ液が入っていて、頭が動くとそれに連れてリンパ液も動き、その動きを有毛細胞が感知し、三半規管が交わる部分にある前庭器官により身体の水平を保つという非常に複雑な作業があり、その上でバランスが成り立っているのである。また、「水平に保て」という命令が出ても、それに応える足の筋力が弱っていたらやっぱりぐらついてしまうので、まっすぐ立つということだけでもなかなか難しいのだ。
バランス能力のチェックは、目をつぶって片足立ちで行われるが、二〇代前半で平均九〇秒程度と最高値を示し、その後、加齢とともに衰えていく。ただし筋力などと比べると個人差が非常に大きく、平均三〇秒前後の五〇代前半でも一分を越えられたり、逆に五秒も持たないという人もいる。これは訓練次第でバランス能力も鍛えられる可能性を示していることになる。
バランス保持の訓練は、まず目を開けたままでの片足立ちから始める。一方の足で立って一分間。これですでにふらつく人は軽く椅子や机に手を触れても良い。足を替えて一分間。両足を五回繰り返すだけでよい。支えなくてもできるようになったら、今度は足下にマッチ棒を一〇~二〇本まいて片足で立ち、膝を曲げて一本拾っては立ち一本拾っては立つを繰り返す。これらと並行して、目をつぶっての片足立ちの秒数を、その都度計ってみれば一層の励みになるだろう。
紹介した一連の練習は、バランスだけではなく足の筋肉も同時に鍛える。ぐらつかないで連続マッチ棒二〇本拾えるようになったら、山歩きではもちろん、日常の生活の中でも変化が感じられてくるはずである。
その頃になると山歩きも興味が広がって、関西なら六甲、関東なら西上州などちょっとスリリングな山にトライしたくなるものだ。すると山の危険も増えてくるので、不用意に自分たちだけで計画せず、我々ガイド連盟傘下の組織が開いている登山教室の門を訪ねてみることもお奨めする。日本山岳ガイド連盟 03・3358・9806
(日本山岳ガイド連盟 認定ガイド 石井明彦)