あの山登ろこの指とまれ:腹式呼吸で富士登山
梅雨が明けて安定した天候になると、夏の暑さを避け高原の涼やかな風を求めて、普段山歩きなぞとんとしないのに一年に一回ぐらいはと、大勢の人が日本アルプスや富士山などの高山に訪れる。そこで頭痛、めまい、吐き気などいわゆる高度障害の症状で動けなくなり、ときには重篤な状態に陥る人が出たりもする。
高度が上がれば空気は薄くなる。当然そこに含まれる酸素の量も減る。標高三七七六メートルという富士山の高さでは平地の三分の一以下になる。慣れている人でも軽い高度障害の症状を自覚するような薄さだ。
だが、まだこの程度なら、多少影響が出ても自然に身体が対応して呼吸量が増え、普通は高山病までには至らない。それでも、時には換気量を上手に増やせず、高山病にかかる人が出てくる。
そういう人の多くは、空気を取り入れようと吸うことばかりに神経がいってしまう呼吸の仕方に問題があるようだ。本当はまず息を吐くことが大切。肺をカラにすれば自然に空気は入ってくると思った方が良い。そのためには腹式呼吸が必要になってくる。
腹式呼吸というのは横隔膜を上下させて行う呼吸法で、女性は不得意とされているが、要するにお腹を膨らませたりへこませたりすればいいのだから簡単だ。
練習方法は、まず仰向けに寝てお腹の上に本などを乗せる。その重さを感じて腹をへこませながら、口をすぼめてゆっくりと息を吐く。吸う時には鼻から。本を押し上げるよう意識してお腹を膨らませ吸う。吸ったら一旦息を止め、吸ったときの二倍くらいの時間をかけてゆっくり吐く。これをマスターするだけで登山がずっとラクになるだろう。
こうした呼吸法は、ヨガや禅、気功などとも共通する点があり、気分をリラックスさせる効果があるので、登山に限らず日常的にも利用価値がある。寝つきにくい時など試してみることをお勧めする。
呼吸法も高山病も何のその。なんといっても日本一高い山の魅力は捨てがたいのか、7月末からお盆まで富士山はすごい混雑だ。ご来光をと夜行登山。行列の中、他人のお尻を見て歩く。人口過密でトイレは汚れ、山小屋はすし詰めで仮眠もできない。頭痛に悩まされ辿り着いた山頂で、期待のご来光を人混みの肩越しに拝み、「やっぱり富士山は見る山で、登る山じゃない」とうそぶく人のなんと多いことか。混雑も汚さも寝不足も頭痛もみんな人間のせいなのに、登る山じゃないとクサされる富士山がかわいそうだ。
山開きは7月1日、それから逆に8月末ならまだ天候も安全。腹式呼吸を練習し、時期をずらして登ってみたらいかが。やっぱり登る山だったと感激するに違いない。
(日本山岳ガイド連盟 認定ガイド 石井明彦)