だから素敵! あの人のヘルシートーク:料理の鉄人・森本正治さん

2001.12.10 76号 4面

料理の鉄人で知られる森本正治氏。世界中の食が集まり、最も過酷な競争が強いられるニューヨークで「日本食」を確固たるものに育てた第一人者だ。高級レストランのシェフでありながら氏の人気はお金持ち層だけではない。やんちゃな目をした氏を子供たちは熱いまなざしで見つめ、氏の手から出来上がる料理に大人たちは魅了される。このたびニューヨークを離れ、新天地フィラデルフィアで新たな挑戦を始める。オーナーシェフとしてのレストランを開店目前に控え現在の心境から、さらに目指すものについて伺った。

【フィラデルフィア発本紙特派員】

怖いですね、本音を言うとね。オープンが迫ってきて、嬉しさと怖さと両方感じます。絶対成功するって思っているけれど、怖さもあるってことです。

僕は自分の店を“誰にもおいしく食べてもらえる世界一の店”にしたいと思っているんです。お客様はいろんな方がいらっしゃる。その面では日本よりもよほど厳しい。宗教上豚が食べられないとか、牛がダメだとか、他にもベジタリアンだから野菜だけ、乳製品も使わないでとかね。そのどのお客様にも「おいしかった」って思ってもらいたいじゃないですか。だから僕は毎日カウンターに立ってお客様の顔をみながら、話しながら作りますよ。今日の感じはどんなですか、ってなことを聞きながらね。それが僕にとっても最高に楽しいしね。

食材は世界中のどのレストランにも勝てるほどの種類と一流品を厳選して用意します。和食の食材だけではなく中華のフカヒレやフレンチで使うフォアグラとかもね。

それにスタッフもいいメンバーがそろいました。僕のお店といっても僕だけでは成り立たないでしょう。メンバーそれぞれが役割を果たして、みんなで作りあげていくんです。

いまでもアメリカ人の多くは、和食の店では変な物を食べさせられるんじゃないかと心配しているんですよ。そりゃ、我々には普通の食べ物の刺身だけれど、生魚を食べたことがない人や醤油、ワサビを知らない人にとっては変なものだと感じるよね。だけど醤油とワサビで刺身といったような食べ方ではなく、カルパッチョ風や、熱したオイルをジュッとかけたりすれば食べられる。心配な気持ちのまま食べてもおいしいとは感じないでしょう。だからできる限り心配事は取り除いてあげる。料理に工夫を凝らすことで僕も成長できるし、そしてお客様にもいろいろな食べ物に挑戦してもらって一緒に成長してもらいたいんです。

僕はね、レストランも一種のエンターテインメントだと思っているんです。だけど映画やミュージカルなら配給して終わり、お客様がどんな状態で映画やミュージカルを見たかまでは作った側は分からないでしょう。例えばあなたの前の席に僕がいたら舞台がよく見えないじゃない、そんな状態ならどんな素晴らしい作品でも楽しめないでしょう。僕のレストランではそんな思いは絶対させない。最高のおもてなしをしたい。だって、日本食だけなんですよ、料理におもてなしの心があるのは。それにレストランくらいですよ、お客様がお金を払って、さらに「ありがとう」って言ってくれるんですから。

エンターテインメントを料理の点からいえば、アメリカ人は日本人よりもビジュアルから入りますから、見た目も楽しくて驚きがあって、美しくなきゃ受け入れてもらえないんです。僕はね、驚かすことが実は好きなんですよ。僕の作った料理を見て、“ワァッ”ていってもらえると嬉しい。

小学校一年生の時から高校三年生まで体育と美術の成績はずっと良かったから、体力と美的センスはあるんだろうなぁ。それがいま僕の料理のビジュアルを作り出すルーツかもしれないね。

料理の鉄人をやっているときにストレスで二〇ポンド(約九キロ)太ったんです。眠れなくて、食べられなくて、酒の量が増えてしまった。

番組のプロデューサーがニューヨークから来たこの僕に、和食の鉄人として望むことってのは簡単に分かるじゃない。いままでの和食の鉄人と同じように和に忠実なばかりではいけない。それこそ、アメリカを感じさせる、ちょっと変わった、美しくておいしいものを作らなきゃいけない。それも一度ならいいんですよ。鉄人だから、挑戦者じゃないから、一度では終わらない。そんなに次々と新しいアイデアなんか出てきませんよ。ストレスがあったんでしょうね。

番組の最後の時、僕は泣いたけれど、ちょっと寂しさと大部分はホッとしたって気持ちでしたね。もう一度生まれかわってあの番組に出演してくれって言われたら僕は絶対審査員をやりたいな。そして辛口の批評をするんだ。

そうそう、それで二〇ポンド太っちゃったでしょう。これをどうやって元に戻したか。別に痩せようと思ったのではなく、番組が終了していよいよ自分の店のことを考えて。僕はね、優先順位を常に考えるんです。一番やりたいことを決めて、邪魔なことは排除していく。それで酒を止めたんです。いまも飲んでいませんよ、店の成功が優先順位一番だから。でも酒を止めて、これが結局健康にもつながっていますね。痩せて、いま身体の調子はかなりいいなぁ。

なぜニューヨークを離れてフィラデルフィアにお店を? ってよく聞かれますが、この地は合衆国誕生の地だからです。僕もここからスタートしてみようと思ってね。それにこの町は外食率もニューヨーク、サンフランシスコに次いで全米三位と高い。でも保守的な人が多いから食べたことがないものに挑戦してくれないかもしれない。ここで僕の料理を受け入れてもらうのはニューヨークよりもある意味難しいと思います。でもだからこそ頑張るんです。

今度のお店の大きな自慢は二つ。一つはコメ。おいしい米を食べさせますよ。佐竹製作所の精米機を日本から輸入したから、毎日精米したてを炊きます。アメリカは漢字で米国って書くんだからコメはおいしいのを用意したいじゃない。二つ目が日本酒。宝酒造さんと一緒に「森本」って日本酒を作ったんですよ。アメリカ人も日本酒好きが多いしね。あとは店には関係ないけれど、三島食品さんに頼まれて「森本マーボートマト」っていうアメリカ市場向けの麻婆豆腐の素を作りました。アメリカでしか買えないから、旅行で来た日本人の“アメリカ土産” になったら楽しいな。

こうやって楽しいことをやりながらフィラデルフィアで「MORIMOTO」を作り上げて、そして次はニューヨークに開店しますよ。ニューヨークは僕の本拠地だからね。

◆プロフィル

もりもと・まさはる 昭和30年、広島県生まれ。高校時代は野球部キャッチャー。プロ入りが期待された実力者だったが、肩の故障で断念。18歳で料理の世界に入り、29歳の時にニューヨークに渡る。「Sony Club」の和食の料理長を経て俳優ロバート・デニーロが出資するレストラン「Nobu」の総料理長を務める。オーナーシェフとして、このほどペンシルべニア州フィラデルフィアに「MORIMOTO」(723 Chestnut Street,Philadelphia 215‐413‐9070)を開店。

購読プランはこちら

非会員の方はこちら

続きを読む

会員の方はこちら