だから素敵! あの人のヘルシートーク:フォトジャーナリスト・吉田ルイ子さん
ニューヨークのハーレム、ベトナム戦争の孤児など、過酷な環境の中で懸命に生きる人々を撮ってきたフォトジャーナリスト・吉田ルイ子さん。現在も北米・中米・東南アジア・中東・アフリカ・北方領土など世界を駆けめぐり、人々の生活、感情に思いを寄せたソウルフルな写真を撮りつづけている。とくに60歳を過ぎてからは、美しく齢を重ね「華齢」に生きる日本女性の顔に魅せられ、取材・撮影活動に情熱を注いでいる。自らも日々ますます輝き「華齢」に生きる吉田さんに話を聞いた。
私が写真を撮ろうと思ったのは、日本では水俣の写真で有名な写真家ユージン・スミスの作品に衝撃を受けたのがキッカケ。当時住んでいた米国で、ハーレムの人々の写真を撮ることから始めたのです。
彼はファッション写真でもコマーシャル写真でもない、社会を切り採るような写真を撮り、自ら「ジャーナリスティック・フォトグラファー」と名乗っていました。日本に帰り、私も職業欄に「フォト・ジャーナリスト」と書きました。もう三〇年も前のことで、税務署に行くたびに、これは何ですかとよく聞かれました。
二〇年ほど前、米ニューズウイーク誌の仕事で、当時八六歳になられた婦人運動家・市川房枝さんにお会いした時のことも、私にとって非常な衝撃でした。凛とした彼女の笑顔に刻まれたしわの一本一本に、彼女の強い心、婦人参政権と政治参加への戦いの一コマ一コマが刻み込まれているようで、「美しいしわだ!」と深く感動したのです。
取材後、同行の米男性記者は「日本では女性の方が男性よりも、齢を重ねるほど美しくなる」と言いました。確かに、市川さんの表情には年齢を積み重ねてきた力や生命力がにじみ出ていた。あのように「美しいしわ」を私も刻みたいものだ、そしていつか年齢を重ねて美しく輝く女性たちを撮りたいと思っていました。
海外取材ばかり続けてきた私でしたが、六〇歳を迎えた頃から、母国日本で輝いて生きる女性たちに会いたい、話したい、撮りたいという思いはますます強まる一方でした。若い女性の顔や身体を撮る写真家は多いけれど、成熟の美、齢を重ねてこそ持てる内面の美しさを写真で表現したいと。
写真とは不思議なもので、撮られる方の心を写す鏡であると同時に、撮る側の内面を写す鏡でもあるのです。私自身、彼女らとほぼ同時代を生きてきて六〇数年。それぞれ生き方は違っても、共有できる思いが何かあるのではないか、コミュニケートすることで彼女らの真の美しさを表現することができるのではないか、と思ったんです。
まず会いたい方々の名前を列挙し、それぞれの著書・新聞記事・テレビ番組を調べたり、舞台や講演会などへ通って、取材・撮影の準備を進めました。肉体的にも気功と水泳をやってその日に備えながら。ついに平成9年7月、瀬戸内寂聴さんを京都・嵯峨野の寂庵にお訪ねし撮影させていただく機会を得たんです。以後三年間、三〇人の素敵な女性と出会い、ファインダーを通して生命の輝きを共有させていただきました。
ご自宅で手料理や風味豊かなお菓子をごちそうになったり、コンサートや舞台などにお招きいただいたり、時間を忘れてお話ししたり。おひとりおひとりと楽しい時間と空間を共有できた、幸せな思い出はつきません。
例えば日本画の巨匠・小倉遊亀さん。私がお会いしたのは、小倉さん一〇三歳の年、お亡くなりになる二カ月前のことでした。撮影は、美しい庭のある小倉さんの自宅アトリエで行われました。
作品をよく見ていただくと分かるのですが、小倉さんの頭部が少しぼやけて写っていますでしょ?これは、わざとピントをぼかしたとか、手ブレを起こしたわけではないんです。
あの日の小倉さんは、首から上の部分が始終無意識に小刻みに震えている状態でいらっしゃいました。それでも驚いたことに、筆を持つ手だけは、ピシリとして一切震えることはなかったのです。ゆっくりと確実な筆運びで、イメージどおりお描きになるご様子で、ファインダー越しにたいへん感服の思いでおりました。
お会いした三〇人はそれぞれ、「人にやさしく、自分に厳しい」生き方を重ねてきた女性たちばかりでした。自分は何をしたいのか、何をどうしたいのか、内面への問いかけを決してサボらない。美しく齢を重ねるには、自分にこうも厳しくあるべきかを学びました。
そうした生きざまを何よりあらわすのが、「顔」です。顔は過去・現在・未来、すべてを凝縮している、いわばその人の結晶なんです。
かつて私が尊敬するジャーナリスト大宅壮一氏は、「男の顔は履歴書、女の顔は請求書」と言いました。しかし、女性を男性の従属あるいは所有物のごとく表現したこの言葉には、疑問を抱き続けてきました。顔は人間の過去・現在・未来の生きざまを、国境・年齢・ジェンダーを越えて一番強く体現するもの。そして写真は、歴史の証言と私は信じています。私が撮らせていただいた三〇人おひとりおひとりの真摯な生き方が、作品を通して二一世紀の人たちへポジティブなメッセージとなることを期待します。
私が撮るのはほとんどモノクロ写真です。モノクロの方が感じる、と思うからです。例えば、ピンクと黄色の服を着た女性をカラー写真で撮ったら、その人の目の輝きや表情より、色に目が奪われてしまうでしょう。モノクロ写真の表現力を私は大切にしたいのです。
昨年から札幌・名古屋・沖縄・東京の各地で『華齢な女たち』と題し写真展を開催しました。沖縄の会場で、作品を一枚一枚丁寧に見てくれた女子高校生が、「私の夢はこのような美しいオバアになること」との感想を残してくれて、とてもうれしかったです。齢を重ねることを恐れず、ますます美しく輝くオバアたちが、愛され、尊敬され、わかちあえる、そんな健全な社会に日本もなってほしいですね。
◆プロフィル
よしだ・るいこ 昭和13年北海道生まれ。34年慶応義塾大学法学部卒業後、NHK国際局を経て、アナウンサーとして朝日放送に勤務。36年フルブライト交換留学生として渡米。コロンビア大学でフォト・ジャーナリズムを学ぶ。ハーレムに住み写真を撮りはじめ、その後ニューヨークに10年在住。43年ハーレムの子供を撮った写真で公共広告賞を受賞。JWT広告会社にスタッフフォトグラファーとして勤務。46年帰国後、写真展「ハーレム Black is beautiful」ほか多数開催。56年東宝映画『ロングラン』監督。平成元年JCJ(日本ジャーナリスト会議)特別賞受賞。主な著書『ハーレムの熱い日々』(講談社文庫)、『子どもは見ている』講談社、『華齢な女たち Beautiful age』(中央公論新社)など。