ヘルシートーク:音楽プロデューサー・木崎賢治さん

2021.02.01 307号 05面
「プロデュースの基本」木﨑賢治 著

「プロデュースの基本」木﨑賢治 著

 ◇プロデュースとは、良いところにスポットライトを当てること

 木崎賢治さんは、音楽の世界では知らない人がいないほどの有名プロデューサー。1971年から2021年までの半世紀にわたって数多くのアーティストをプロデュース、ヒット曲を世に送り出してきました。音楽ストリーミングサービス「Spotify」にプロデュース作品のプレイリストがあるほど。新刊『プロデュースの基本』も話題の木崎さんに、ものづくりのこと、うかがいました。

 ●「勝手にしやがれ」の奇跡 逆境を力にして打ち勝つ

 「プロデューサーって、どんな仕事ですか?」と、よく聞かれます。僕の好きな野球でいえば、監督やコーチに近いかな。声や歌い方、キャラクター、その人の音楽的な魅力はどこにあるのか、それがどうすれば伝わるかをいつも考えています。プロデュースは、アーティストの良いところにスポットライトが当たるようにすることだと思います。ダメなところがあってもいい。

 一番大事なのは、自信ですかね。自信があると、人って良いところが目立って、欠点が見えなくなる。オーラって自信の大きさだと思います。

 野球のピッチャーも、打たれればビビるでしょう? そこで自信のない人は、不安になってまた打たれてしまう。でも、自信のある人は、そのピンチの時のしのぎ方が上手。だから、そこからまた抑えられて、その結果、強くなる。

 沢田研二さんのヒット曲、「勝手にしやがれ」の歌詞は阿久悠さん。仕上がりを見た時、僕は沢田さんはうまく歌えるだろうかと不安になりました。それまではロマンティックな二枚目、中性的ですらあるイメージで歌っていたのに、これはフラれて空虚な騒ぎ方をしている情けない男の歌です。

 ところが、レコーディングで沢田さんはその女々しい詩を男っぽく力強く歌いきった。「ああ、阿久悠さんは沢田さんに新しいお題を出したんだ」と思いました。その人の持っていないものをぶつけてくることができる作詞家なんですね。沢田さんも、なぜそういう風に歌えたか分からない、やはりすごいアーティストは逆境を新しい力にして打ち勝てる。ここぞという時のピッチャーと一緒です。

 ●福山雅治さんのラブソング 詩は言葉で描く絵のようなもの

 福山雅治さんと初めて会ったのは、彼がドラマの挿入歌のラブソングをつくる時でした。彼はそれまであまりラブソングを作ったことがなかったそうで、ちょっと戸惑っていました。

 そこで、詩を書く作業に入る前に、僕は彼に質問をしました。「好きになったらどうしてあげたいの?」と。そうしたらすぐに「僕の好きなところに連れて行ってあげたいです」という答えが返ってきました。そこでさらに「なんでそうしてあげたいの?」と訊いたら、「僕を分かってもらえるようになりたいから」と答えてくれました。

 僕は「それをそのまま書けば素晴らしい詩だよ」と言って、そんな会話を繰り返すうちに詩が完成しました。

 短い会話の中ですぐにこんな答えが出てくるなんて、福山さんの心の中にある、熱く動くマグマのような気持ちを感じて驚きました。すごく大きな感性の引き出しがある人なんですね。

 こんなふうにして福山さんの詩はでき上がりましたが、読み返して照れくさいと感じたみたいです。それまでは、そこまで自分の本音をさらけ出したことはなかったのだそうです。

 でもそれ以降は、恥ずかしいくらいのことを書かないと人の心は動かないと感じたようです。

 詩は「心」を表現する言葉だと思われがちなんですが、この時の福山さんの作品のように、時には人がとる「行動」を描くだけで歌詞になります。詩は言葉を使って描く絵のようなものですね。情景と、その時の感情の両方を閉じ込めているような気がします。

 人が伝えたいものは、頭の中にある絵(イメージ)なんだと思います。それを絵で伝えるか、写真で伝えるか、言葉で伝えるかは、人や作品によって違いますね。

 そろそろバレンタインデーですが、僕が福山さんに質問したように「バレンタインデーには彼にどうしてあげたいの? それはなんで?」と自問自答をしていけば、素晴らしい詩や、プレゼントができるかもしれませんね。

 ●野菜作りはまるで魔法 小さな種から大きな生産物が

 10年以上前の同窓会で、食料品の輸入をしている友人に「いま食べているものの70%弱は輸入品なんだよ」と言われ、日本の未来に不安を覚えました。その時思い出したのが、江戸幕末の頃、欧米から来た外国人たちが帰国後に残した日本見聞録です。外国人目線で見た日本が客観的に描かれています。

 彼らが日本を旅している時、農家で食べ物を分けて欲しいと頼むと、たくさんくれて、お金は受けとらなかったそうです。また彼らは日本に緑があふれていることに驚いていました。雨がたくさん降り、山でろ過されたきれいな水も豊富です。僕はそんな肥沃な土地で農業をやらない手はないと思いました。

 そこで、これからは自給自足だと小さな農地を借りて、野菜の作り方を習いました。キャベツ、白菜、トマト、にんじん、ねぎ、とうもろこし、ししとう、ピーマン、たくさんの野菜をつくりました。その農地で熟した野菜はみんなおいしかったです。小さい種からあんな大きな野菜ができるのが不思議で、まさに魔法か神業だと思いました。SDGsにも関心が高まる中、僕はいままた農業をやりたいと計画しています。

 そういえば野菜の種の袋の外側に印刷された野菜の写真がありますね。あれを見て思い出したことがあります。

 吉川晃司さんの仕事を始める時に、これからのアイドルは自分を持っていて、ちゃんと発言できる人でなければ、とアーティストが歌うような曲を制作しました。でもアーティストでありアイドルでもある、その姿をスタッフやマスコミの人に理解してもらうのが大変でした。あの時、「吉川晃司は3年後にこうなります」みたいな写真を貼れたら楽だったでしょうね。新しいものをつくろうとすると、周囲になかなか理解されません。

 新しいものはその人の頭の中にしかないからです。だから孤独なチャレンジになります。周りの人がその状況をきちんとわかってサポートできると、日本からも素晴らしいクリエーター、アーティスト、学者、研究者がもっと出てくると思います。

 ●プロフィル

 きさき・けんじ 1946年生まれ。渡辺音楽出版(株)で、アグネス・チャン、沢田研二、山下久美子、大澤誉志幸、吉川晃司などの制作を手がけ、独立。その後、槇原敬之、トライセラトップス、BUMP OF CHICKENなどをプロデュースし、数多くのヒット曲を生み出す。(株)ブリッジ代表取締役。銀色夏生との共著に『ものを作るということ』(角川文庫)がある。

 ●『プロデュースの基本』木崎賢治著

 インターナショナル新書(集英社インターナショナル)

 定価:本体880円(税別)

 名音楽プロデューサーが伝授する、応用自在、一生ものの仕事術。著者は、そうそうたるアーティストをプロデュースし、阿久悠、平尾昌晃、松本隆などのクリエイターともヒットを量産してきた。本書には、著者が編み出した「法則」が満載。“キュンとくる仕組みを数学的に分析” “慣れない手順がパワーを生む” “次に繋がる断り方”など、目からウロコの仕事術やコミュニケーション術、さらにクリエイティブであるための心得も。制作現場の興味深いエピソードも掲載。楽しく読めて、座右の書になる1冊!

購読プランはこちら

非会員の方はこちら

続きを読む

会員の方はこちら

関連ワード: ヘルシートーク